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Vol. 020

事例

愛知ホイスト工業株式会社

「物流2024年問題」によって、主要な顧客である物流業界の経営が苦しくなった。
トラックドライバーの生産性を上げることが喫緊の課題として急浮上した。
この社会課題の解決に貢献する手立てはないのか…

こんな時、あなたならどうする?

TOC流イノベーションで「物流2024年問題」に挑戦

「2024年問題」によって物流業界の経営環境は激変し、生産性を向上させることが喫緊の課題となった。小規模な企業でありながら、この課題の解決に挑戦したのが愛知ホイスト工業だ。TOC流のイノベーションプロセスで、渋滞を軽減する革新的な製品を生み出した。

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 物流業界は、働き方改革関連法によって2024年4月以降、トラックドライバーの年間時間外労働時間の上限が960時間に制限されることになった。いわゆる「2024年問題」である。労働時間の制限で、「1日に運べる荷物の量が削減」「トラック事業者の売り上げ・利益の減少」「ドライバーの収入の減少」「収入の減少による担い手不足」などの課題が浮上した。


 従業員数がわずか20人という小規模企業でありながら、この問題の解決に挑んだ企業がある。名古屋市に本社を置く愛知ホイスト工業だ。2024年11月7日、Goldratt Japanが主催している「TOCクラブ」に同社の角岡花音氏が登壇し、取り組みの詳細を発表した。


写真1 ● Goldratt Japanが主催する「TOCクラブ」で講演する角岡花音氏
写真1 ● Goldratt Japanが主催する「TOCクラブ」で講演する角岡花音氏

天井クレーンのスペシャリスト

 愛知ホイスト工業は、天井クレーンの設計・製作・保守・メンテナンスを主事業とする企業。天井クレーンのスペシャリスト集団だ。天井クレーンとは、屋外や、工場などの室内で重い荷物を移動させるために使用されるクレーンのこと。角岡氏は、天井クレーンを「建物の中に大きいクレーンゲーム機があるような感じ」だと説明する。


 同社は「天井クレーンで全体最適な工場内物流をトータルマネジメントし、工場停止ゼロを目指すことで、世界のものづくりをホイストアップする」というビジョンを掲げて、天井クレーンに関する事業全般を手がけている。近年はインドやベトナム、インドネシアなどの東南アジアでも現地企業と連携した事業を展開している。


写真2 ● 屋外や工場で稼働する天井クレーンに関するビジネスを展開する
写真2 ● 屋外や工場で稼働する天井クレーンに関するビジネスを展開する

短納期と社員のこだわりが強み

 角岡氏によると、同社の強みは大きく2つあるという。1つ目が、同業他社に比べて納期が短いことだ。受注後の対応力の速さや熟練の職人がいることで短納期を実現している。


 2つ目が、熟練の職人たちによるこだわりだ。同業他社が敬遠するような難度の高い天井クレーンも同社は請け負っている。同業他社から依頼されることもあるという。


 同社は、環境保全にも力を入れている。温室効果ガスの排出量を、2019年を基準として2030年までに46%を削減する目標を設定。2023年2月には、国際的なNGO(非政府組織)から「SBT(Science Based Targets)」の認定を受けている。


 そのような同社の事業を下支えしているのが、全体最適のマネジメント理論であるTOC(制約理論)だ。ゴールドラットスクールの「全体最適のマネジメント」「TOC思考プロセス」「ゼロから始めるTOC実践コース」「イノベーションプロセス革新リーダー」などのプログラムを多くの社員が受講している。実ビジネスの中でTOCを駆使することで業績を伸ばしてきた。


写真3 ● 社員がゴールドラットスクールで取得した認定証
写真3 ● 社員がゴールドラットスクールで取得した認定証

出荷場の渋滞を軽減

 同社は、TOCを駆使することで、他社には思いつかないようなアプローチで2024年問題の解決に取り組む。ゴールドラットスクールで学んだイノベーションプロセス「Eyes for Value(E4V)」を活用して、ブレークスルーを起こしたのだ。E4Vは、顧客の重要な限界を特定するビジネスイノベーションを目的としたツール。「TOC forInnovation」とも呼ばれている。


 E4Vの最初のプロセスは、顧客にとっての重要な限界を見つけることだ。この限界とは、「実現できなくても仕方がない」あるいは「やりたくないがやらざるを得ない」と思い込んで、妥協したり諦めたりしていることだ。


 2024年問題を解決するには、輸送の効率を上げるしかない。このためには、ドライバー数や一人当たりの労働時間を増やすしかないと考えるのが一般的だ。すなわち、これが「重要な限界」となる。しかし、同社は「荷物が止まっている時間を短縮する」という、限界を突破するアイデアにたどり着く。輸送のプロセス全体を分析した結果、出荷場で荷物が停留している状況が大きなボトルネック(制約)になっていると判明したからだ。


 トラックドライバーは、渋滞や急なトラブルがあったときのために、大半が予定時刻よりも早めに出荷場に到着する。荷物を積み込むまでに時間がかかるので、リフト待ちの渋滞が発生する。さらに、トラックもばらばらに来るので、手前の荷物を動かして奥の荷物を載せるといった作業も必要になる。これらの時間を短縮するために、出荷場に天井クレーンを導入。天井クレーンを活用すれば障害物を飛び越えて荷物を運べる。これで積み込み作業が円滑になり、リフト待ちの渋滞が軽減された。それに伴って、荷物が停滞している時間が大きく削減できた。


シート掛けが新たなボトルネック

 このほかにも、荷物が停留する時間の削減に取り組んでいる。ある工作機械メーカーから「自社の製品を積み込む際に発生している出荷渋滞を、天井クレーンを使って解決できないか」という相談を受けた際の取り組みだ。話を聞いてみると、積み込みが早く終わっても、荷台へのシート掛けに時間がかかるために出荷が遅れていた。トラックドライバーが到着してから出荷までに最大5時間かかったこともある。


 角岡氏は、シート掛けの作業を「めちゃくちゃ大変な作業です」と語る。シートは、9メートルのトラック用で約25キロととても重たい。これを荷台に掛ける作業は、ベテランが二人掛かりでも約1時間を要する。高所の作業を伴うので落下の事例も多数あり、死亡事例も報告されている。


 同社の調べでは、50 キロメートルの荷物輸送に要する時間のうち、シート掛けとシートはがしだけで45%を占めていることが分かった。すなわち、荷物を積み込んだ後の作業では、シートの掛けはがしがボトルネックになっていたのだ。近距離輸送では、1日にこの作業を何度もすることになる。


図1 ● 出荷��場における作業工程と輸送全体(50km輸送)における作業時間の内訳
図1 ● 出荷場における作業工程と輸送全体(50km輸送)における作業時間の内訳

夕食でアイデアがひらめく

 同社は、ここでも革新的なアイデアを創出する。TOCでは、困りごとや不満を「UDE(Undesirable Eff ect:ウーディー)」、望ましい事象を「DE(Desirable Eff ect:ディーイー)」と呼んでいる。同社は、シート掛けの課題を解消するために、まずはUDEを洗い出し、これをDEに変えるための施策を検討した。


図2 ● シート掛け作業におけるUDEとDE
図2 ● シート掛け作業におけるUDEとDE

 いろいろな部署の上長が集まった開発会議を開いたが、なかなか実現可能な施策にはたどり着けなかった。例えば、バキュームでシートを吸い込むというアイデアに対しては、製造業者から対応不可と言われてしまった。フックでシートを引っ掛けてみたところ、くしゃくしゃになってしまい、きれいに掛けることは不可能だった。何回かの会議を実施したものの、参加者から「安全性が担保できない」「コストがかかり過ぎる」「機構が複雑になる」「そもそも売れるのか」などの意見が出され、一向に開発は進まなかった。


 最終的にはシートを巻き取るという革新的な新機構を開発することになるのだが、このアイデアを出したのが、当時はパート社員だった角岡氏だ。会議の様子を同僚から聞いた角岡氏は「みんな大変だなぁ」と思いつつも、いつも通り帰宅して夕食を作っていた。子どもが残したサンマにラップを掛けているときに、このアイデアがひらめいた。角岡氏は「クレーンは重いものを釣り上げるもの」という思い込みに対して、「ラップを引っ張るようにクレーンでシートを巻き取る」と発想を転換したのだ。


 上司に「物は試しにラップのように巻いてみたり、リールのように巻いたりする機構ができないか」と進言したところ、すぐに会議が開かれて、このアイデアが採用された。これをきっかけとして、角岡氏も開発会議に参加するようになった。この会議で角岡氏は、業界の常識や部門の垣根を知らないからこそ思いつく発想を次々と投げかけたという。


数々のジレンマをクラウドで解消

 開発の方向性は決まったものの、産みの苦しみが待ってきた。新しい機構の開発には数々のジレンマがあったのだ。例えば、装置を免許なしで使える重量に抑えるには、細いパイプを採用しないとならないが、シートの巻き取り性を良くするには太いパイプを採用しなければならないというジレンマだ。このほかにも、パイプの回転速度に関するジレンマ、ベアリングの選定に関するジレンマなどがあった。こうしたジレンマに対して、同社はTOCの思考プロセスで使用するツール「エバポレーティング・クラウド」(通称は「クラウド」)を活用する。


 クラウドは、組織や人間関係、意思決定プロセスにおける対立やジレンマを特定・言語化し、それを解消するツール。相対する2つの要求や行動、またそれらを引き起こす要望や目的を図式化する。対立する主張の間で妥協する以外にないように思える状況でも、ブレークスルー思考によって解決に導ける。


 このツールを活用してジレンマを次々と解決し、結果として「価値」、すなわち「顧客(トラックドライバー)にとっての重要な限界(労働時間の制限)を、過去には不可能だった方法(シート掛け装置)を使って、他のどの競合もできなかったレベルで取り除くことでもたらされるもの」が詰まった製品になった。構想から1年をかけて完成したのが「ラゲッジバウム」だ。


写真4 ● ラゲッジバウムの巻き取り機構でシート掛けを半自動化
写真4 ● ラゲッジバウムの巻き取り機構でシート掛けを半自動化

製品の完成とともに角岡氏に転機

 ラゲッジバウムは、シートを巻き取るホイスト(巻き上げ・巻き下げを行う機械)と天井クレーンによってシート掛け作業を半自動化するシステム。これを活用することで、シート掛けの時間を大きく削減できる。


 荷物の形状にもよるが、一般的に積み込みから出庫までに1時間30分程度かかるが、ラゲッジバウムを使えば30分程度に短縮できる。1日10台のトラックが集荷に来る工場で1年間に240日稼働していると想定すると、合計で2400時間。愛知県の最低賃金1077円を基に計算すると、約258万円の人件費を削減できる。


 トラックドライバーへの恩恵もある。シート掛けの作業が大幅に削減されることに加え、出荷待ち渋滞のストレスから解放される。シート掛けには経験者のスキルが必要だが、これが不要になった。荷台での危険な作業もほとんどなくなり、安全性が担保された。これに伴って労災事故も減少するのでドライバーの実働時間も増加し、給与も増える。


 ラゲッジバウムの完成とともに、パート社員だった角岡氏にも転機が訪れる。ラゲッジバウムの発案のほか、上長たちの固定概念に対して突拍子もないことをいうのが面白いということと、積極的に広告や販売、営業活動をしていたことが評価され、営業部に異動になった。同社への入社時には基本的なPCの操作もままならなかったが、修行の成果もあり、今ではオフィスソフトを操れるだけでなく、CADシステムも使えるようになった。角岡氏は「以前よりも、やる気に満ちあふれています」と力強く語る。


図3 ●「 ラゲッジバウム」を開発する際のリスキー・プリディクション
図3 ●「 ラゲッジバウム」を開発する際のリスキー・プリディクション

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