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Vol. 010

事例

株式会社LIXIL (サッシ・ドア事業部)

性能や機能で競合他社との差異化が難しく、コモディティー化が進む住宅用サッシ市場。自社が主力としている新築住宅市場は縮小傾向。過去に類を見ない革新的な商品を創出しないと住宅用サッシ事業の未来を切り拓けない…

こんな時、あなたならどうする?

TOCで新たな価値を創造 革新的な新商品が大ヒット

住宅用サッシは競合他社との差異化が難しく、価格競争が激化している。コモディティー化が進む市場の中で、2018年8月にLIXILが革新的なヒット商品を送り出した。TOC(制約理論)を活用して新たな価値を創造したことが成功の鍵となった。

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 製造業者であれば、どこの企業でも新商品を開発する際には新たな価値を創出することに挑んでいるだろう。ただし、商品開発の競争が激しい環境の中で新たな価値を見いだすのは難しいし、創造できたと自信を持って市場に投入しても、その商品を顧客が受け入れてくれるとは限らない。顧客は既存の競合商品を比較基準として、価値を判断するケースが大半だからだ。



大開口窓がヒット商品に

 これらのハードルを乗り越えて、過去に類を見ない商品をヒットに導いたのが、LIXILで住宅窓サッシや玄関ドア、エクステリア、インテリア建材を手がける「LIXIL Housing Technology Japan」(以下、LHT-J)である。


 この商品とは、同社が持つ最新の技術・機能を融合させて開発した新しい窓「LW(エルダブリュー)」だ。上下左右のフレームが室内から見えないという画期的な「フレームインデザイン」を採用した大開口窓で、一見するとガラスだけのはめ殺し窓のように見えるが、容易に開閉操作できることが大きな特徴だ。フレームが視界を遮らず、窓を開けても閉めても外とつながる、特別な心地良さを満喫できる点など完成度の高い商品であると評価されて、国内では「2018年度グッドデザイン賞」「2019年キッズデザイン賞」を受賞。さらに、世界的に権威のあるデザイン賞「2019年iFデザイン賞」「2019年reddot賞」も受賞している。

図1●2018年8月に発売したTOSTEM「LW」


コモディティー化が大きな悩み

 LHT-Jでは、LWの開発を手がけた当時、商品のコモディティー化に頭を悩ませていた。コモディティー化の原因は住宅サッシ独特の商・物流にある。エンドユーザーである生活者には商品の選択権がないに等しいのだ。


 LIXILにとって、直接の顧客は流通店。流通店の顧客が、工務店や設計事務所、ハウスメーカーなどのビルダー。そして、ビルダーの顧客がエンドユーザーである生活者となる。LIXILから見ると、エンドユーザーは「顧客の顧客の顧客」と3段階もの隔たりがある。こうした商・物流の形態について、LHT-Jの柳通一晴氏は次のように説明する。


「エンドユーザーである生活者の方に家を買うプロはいませんし、何度も買うわけではありません。ビルダーさんに推薦してもらわなければ商品が売れないのです。ですので、流通店さんやビルダーさんなどのプロに訴求する価値を高めることに注力してきました」


 このような事情があるため、これまでは断熱性や水密性などプロが評価する性能・機能を重視して新商品を企画・開発してきた。ただし、こうした状況は競合他社も同じだ。性能・機能面では差異化が難しくなるので各社が価格競争を繰り広げることになり、コモディティー化が進むという構図だ。


 新築住宅を事業の中核に据えているLHT-Jには、このほかの課題も浮上していた。世界的に見ても極端な少子高齢化が進む日本では、新築住宅の市場が縮小していることだ。社内には「サッシ事業の未来は厳しいのではないか」という危機感もあったという。


 LHT-Jでは、こうした状況から脱却するためには「性能・機能」と「価格」の2軸の価値の戦いから脱却することが必要だと考えたという。柳通氏は「『プロが薦めたくなる価値』と『お客様が使いたくなる価値』を両立させた新たな価値を創造することが重要だと考えました」と語る。こうした価値を見いだせば、LIXILと流通店、ビルダー、生活者の4者の間で「ウィン・ウィン・ウィン・ウィン」の関係を築ける。住宅用サッシ市場にゲームチェンジを起こせる可能性さえもある。こうして、2017年6月からゴールドラット ジャパンとの協業の下で、新たな価値を創出することを目的としたプロジェクトが始動する。

LIXIL Housing Technology Japan サッシ・ドア事業部 サッシ商品開発部 パノラマ商品 開発室(当 時)の 柳通一晴氏(ゴールドラットジャパンが主催する「TOCクラブ」での講演より)


E4Vで新たな価値を創出

 価値創出のためにLHTが導入したのが、全体最適のマネジメント理論「TOC(Theory Of Constraints:制約理論)」に基づいたイノベーションプロセス「Eyes for Value(E4V)」だ。E4Vは、価値をベースに、商品やサービスのみならずビジネスオファーにも革新をもたらすプロセスで、「TOC for Innovation」とも呼ばれている。E4Vで生み出される価値について、ゴールドラット博士は次のように語っている。


「価値とは、顧客にとっての重要な限界を、過去には不可能だった方法を使って、他のどの競合もできなかったレベルで取り除くことで、もたらせるものである」

図2●住宅用サッシの主な商・物流

 LHT-Jでは、2017年の6月から10月までの間に合計で10回のワークショップを開催。従来は、新商品の企画は企画部門が中心となっていたが、今回のプロジェクトでは設計や営業、生産・製造、購買など、新商品に関係する部署のメンバーが参加した。バリューチェーンのさまざまな視点からの課題を解消するためだ。


 E4Vでは、まず「顧客の目」「市場の目」「商品の目」という3つの視点で価値を分析する。顧客の目では、商品・サービスに関わるステークホルダーが困っていることや不満に思っていることを列挙する。TOCでは、困りごとや不満を「UDE(Undesirable Effect:ウーディー)」と呼んでいる。列挙したら、その後に困りごとや不満に関する顧客の限界を取り除くアイデアを考える。ステークホルダーの置かれた環境にある大きなマイナスをマイナスすることでそこに価値を生み出す仕組みだ。


 LHT-Jでは、流通店とビルダー、エンドユーザーなどのステークホルダーごとにUDEを洗い出した。例えば、エンドユーザーのUDEでは「窓を閉めたときに解放感がない」「開閉が重い」「暑さ・寒さが気になる」などが浮かび上がった。


 市場の目では、苦労をいとわずに要望を満たしている「オタク」のとがったニーズに着目する。そのニーズをより気軽に手に入れられるようにすることで、より多くの人々にとっての新たな価値に結びつくかを検討する。プラスの要望を大きな市場にプラスする取り組みである。ここでは、膨大なコストをかけてでも大開口の窓を設置している人のニーズを分析し、そのニーズをより気軽に手に入れられるようにすることで新たな価値の創出に結びつくかを検討した。


 商品の目では、仕様を決めるパラメーターを極端に振り切って変化させて、どのような価値があるかを分析する。これに取り組むことで、既成概念にとらわれずに発想を振り切ることが可能になる。LHTでは、窓のサイズや重量、価格などのパラメーターを変化させることによって、価値にどのような影響を及ぼすのかを分析した。


図3●困りごとを解消することが「WOW!」につながる


企画段階で商品カタログを制作

 こうしたプロセスで生み出されたコンセプトの中から筋の良さそうなものを具体化していく。ここで目指したことは「3つの限界」を超えることだったという。


 前述の通り、住宅用サッシの商・物流の事情からエンドユーザーが「WOW!」と感嘆するような価値だけでは商品は売れない。流通店やビルダーにも「WOW!」と言ってもらえるような価値を創出することが求められたのだ。LHTが最終的にたどり着いたコンセプトは「窓を、開けても閉めても開放感が得られる!!」というものだ。


 E4Vでは、コンセプトが決まった後に「WOW!カタログ」を作成する。これは、企画・開発の始まっていない段階で、あたかも商品・サービスが既に存在しているがごとく、仮想的なカタログを作成する取り組みだ。WOW!カタログを基にワークショップで議論し、困りごとや不満点が出てきたら、それを改善した商品・サービスのカタログを再度、作成する。WOW!カタログを繰り返して作成する中で商品・サービスが進化することで、最終的にステークホルダーが「WOW!」と感嘆してくれるようなものが生まれるのである。


 LHT-Jでは、企画や設計、営業、生産・製造、購買など、新商品に関係する部署のメンバーが議論しながらWOW!カタログをブラッシュアップしていった。こうして完成したWOW!カタログには大開口サッシ「LW」の原型が描かれていた。


 将来構想のWOW!カタログも作成している。10年後を想定して、既存の技術だけでは製造できないような「未来の商品」のWOW!カタログも作成したという。スピード感を持って大開口サッシを商品化した後に、将来構想を実現するためのロードマップを描いた。



CCPMで開発期間を大幅に短縮

 過去に類を見ない大開口サッシをいち早く市場に投入するために、全体最適のプロジェクトマネジメント「CCPM(Critical Chain Project Management)」を開発ステップで活用した。CCPMの骨子は、プロジェクト期間を決めている最も長い作業のつながりであるクリティカルチェーン(すなわちプロジェクト期間の制約である)を特定し、各工程が設定しているバッファ(安全余裕)を工程内に置かず、全工程の最後に置いて、プロジェクト全体で管理することである。バッファの消費は必要最小限に抑えられ、工期全体の期間を大きく短縮することが期待できる。


 LHT-Jで実践した「ODSC」「段取り八分(タスクの洗い出し)」「ゆとり創出」について紹介する。ODSCは、プロジェクトの目的(Objectives)、成果物(Deliverables)、成功基準(Success Criteria)を明確にして、関係者の間で目標のすり合わせるための取り組みだ。LHTの取り組みでは、プロジェクトメンバーだけでなくLHTのトップも参加して、目標をすり合わせたという。前出の柳通氏は「今回のプロジェクトにおいてODSCがキモであり、最も気に入っているプロセスです」と評する。


 段取り八分では、ODSCをゴールとして、そこからバックワードして因果関係で必要なタスクをつなげていく。つながりを明らかにすることで、重複を排除し、短縮可能な箇所を見いだす取り組みだ。


 最後のゆとり創出は「サバとり」とも呼ぶが、各工程で必要以上に設定している(サバを読んでいる)バッファを特定して、プロジェクト全体で共有する取り組みのことだ。プロジェクトでは不確実なことが起こる想定で必要なバッファを持つ必要がある。


 タスクの洗い出しが終わった当初は、新商品の発売までに必要な期間は28カ月。発売は2019年12月になる見込みだった。直列に並んでいたタスクの並列化やバッファの集約、ODSCに基づいて商品の仕様・条件を絞ることによる設備準備期間の短縮などを行った結果、半分以下の12カ月の計画までこぎつけた。その後のプロジェクトメンバーの計画実行努力もあり、実際の発売日も2018年8月と、1年以上の前倒しが実現できた。

図4●プロジェクト期間の短縮へ向けたCCPMのアプローチ


計画を3倍上回るヒット商品に

 LWを発売するに当たって、価値の伝え方にも工夫を凝らした。例えば、従来の商品カタログではサッシの断面構造の写真とともに性能・機能をアピールしていたが、LWのカタログでは子どもがリビングルームでくつろいでいる写真を表紙にするなど「価値ある空間」を訴求した。エンドユーザーとプロのどちらが見ても「このサッシを使った空間に住みたい・提案したい」と思えるような内容にしたという。


 LWが市場に投入されると、発売月から予想を上回る大反響があった。初月には計画の3倍もの受注があった。その後も堅調に受注が続いているという。柳通氏は「きちんと価値が伝えることが重要であることを実感しました。今後も、10年後のWOW!カタログの実現に向けて企画・開発を続けていきたいと考えています」と展望を語る。(了)

図6●LHT-JがE4Vを導入すると決断した際のリスキー・プレディクション

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