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Vol. 001

事例

株式会社 セイバン

家業を継ぐことを決意して転職したわずか3 カ月後に社長である父が逝去。急遽、社長に就任することになったが、現場では課題が山積。会社を立て直す改革法を見いだしたものの、現場にはそれとは全く逆の考え方が風土として根付いていた。自分独りで、これを変えていくことは難しそうだ…

こんな時、あなたならどうする?

TOCでモノづくり革新 投資対効果は4000%に

「天使のはね」で知られるランドセルメーカーのセイバンが、TOC(制約理論)を駆使したものづくり革新に挑んでいる。TOCのプロフェッショナルの教えを受けた社員が自ら改革を実践。売上高2億円増、生産能力30%増など大きな成果を生み出している。投資対効果は4000%にも上る。

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 現在、セイバンの社長に就いている泉貴章氏は、大手飲料メーカーで勤務した後、2010年10月に家業である同社に入社した。そのわずか3カ月後の11年1月に先代社長だった父が逝去したことで急遽、社長に就任することになった。ここから、泉氏の「いばらの道」が始まることになる。



社長就任から4期連続の減収に

 大手飲料メーカーで約10年の勤務経験があったとはいえ、泉氏にセイバンのような製造業を経営するためのノウハウはほとんどなかった。社長就任から間もない頃の状況を泉氏は次のように振り返る。「利益を伸ばそうという思いから、成長を目指すために投資を増やす施策と、コスト削減のために投資を抑える施策を行ったり来たりしているような状況でした」


 成長を目指すための施策では、生産設備の更新や優秀な社員の雇用に乗り出した。しかし、いずれも期待したような成果にはつながらず、業務の変更に伴うコストが膨らむだけだった。


 一方のコスト削減では、社員を増員せずに残業を増やしてもらったり、原価削減のために取引先と交渉したりといった施策を実施した。しかし、社員のモチベーションの低下やサプライヤーとの関係性悪化を招く結果となり、これらの施策も断念した。


 一方では投資を進め、他方ではコスト削減を叫ぶ――。相反する経営判断は、現場に混乱を招いていた。


 当時、セイバンでは卸売業者を相手としたOEM(相手先ブランドによる受託生産)がビジネスの中核を占めていた。「天使のはね」のブランド力によって卸売業者からの注文は順調にあるものの、新学期が始まった後に売れ残った商品はインターネット通販で大量に安売りされていた。約6万円の商品が5000円の値付けで出品されていたこともあったという。


 こうした状況を放置していればブランド価値がなくなってしまう――。このように考えた泉氏は生産量を半減させることを決断し、実行に移した。これによって不当な廉売は減ったものの、同社の売り上げは激減。泉氏が社長に就いてから4期連続の減収という状況に陥った。




転機は『ザ・ゴール』との出会い

 この当時、同社の工場にも課題が山積していた。過剰な在庫を抱える部品がある一方で、一部の部品では供給が不足して製品が組み立てられず、納期に間に合わないというケースが多発していたのだ。


 泉氏が会社の立て直しに悩んでいた頃に出会ったのが、エリヤフ・ゴールドラット博士の著書『ザ・ゴール』だった。同書では、在庫を山のように抱えて慢性的に納期遅れが続き、赤字状態が続いていた工場を主人公が立て直す様がビジネス小説仕立てで描かれている。主人公が改革に活用したのがTOC(制約理論)だ。


 物理学者であるゴールドラット博士が開発したTOCは、仕事の流れを滞らせるボトルネック、つまり制約に集中して改善を行えば全体最適が実現できることを実証した理論。ハードサイエンス(自然科学)において用いられる「Cause & Effect Logic(因果関係)」を使って、マネジメントの世界に科学的なアプローチを持ち込んだことが大きな特徴だ。


 泉氏は、『ザ・ゴール』を読みながら、そこに登場する工場が自社と似た状況だと感じていた。「この小説に描かれているTOCを適用すれば、部品在庫の問題は解決できるはずだ」。こう直感した泉氏は、幹部社員にも書籍を配布。理解を深めるために、1泊2日の合宿を行ったという。




TOCを実践しようしたものの…

 こうして自社の工場でTOCを実践しようとしたが、『ザ・ゴール』のような結末にはならなかった。何も成果が上がらなかったのだ。これには大きな理由がある。幹部を含めて現場の社員のほとんどが、既存の仕事の進め方に対して何の問題もないと思っていたのである。


 100年近くの歴史を持つ同社では、高度成長期からものづくりの工程を磨いてきた。大ヒット商品である「天使のはね」のものづくりを支えてきたという自負もある。執行役員で生産本部長を務める樫谷一弘氏は「私をはじめとして、セイバンのものづくりの現場には、同じものを一度に大量に作った方が効率がよい、原価が安くなるといった意識が根付いていました」と当時を振り返る。


 確かに、このような方法であれば、生産ラインの各工程における稼働率は向上する。稼働率が上がれば、製品1個当たりの人件費も削減できる。高度成長期のような少品種大量生産時代には、こうしたやり方が適していたのかもしれない。


 しかし、同社の最新カタログには22種類ものランドセルが掲載されており、それぞれに2~4色の色違いまである。生産ラインを頻繁に変える必要があるにもかかわらず、それぞれの工程が一度に大量の生産を行っていたために、部品によって過剰在庫や欠品が発生する事態になっていたのだ。




プロフェッショナルの指導を仰ぐ

 TOCによる改革ですぐに成果を出すためには、外部の会社からコンサルティングを受けるのが近道のように思える。しかし、泉氏はコンサルティング会社に入ってもらうのは得策ではないと考えていた。同社のものづくりの現場には、ある意味、TOCとは全く逆の考え方が根付いていたからだ。いくらトップの泉氏が先導したとしても、たった独りで全社的に意識を変えていくことは容易ではない。新たなやり方に抵抗感を感じる社員が出てくることも予想される。


 改革の進め方について頭を悩ませていた際に、「ゴールドラットスクール」が開講されることが泉氏の耳に入ってきた。ゴールドラットスクールは、進化し続けるTOCの知識体系を深く学びたい人々のために、ゴールドラットグループ本国で実施しているセミナーの日本版だ。スクールの講師陣には、日本を代表するトップ企業のエグゼクティブ経験者が並んでいる。


 普通なら出会えないような講師たちから直接学べるのであれば、社員も喜んでくれるに違いない――。泉氏は、このように考えて幹部社員をスクールに送り込むことを決めた。こうして、泉氏を含めた4人が6カ月間でTOCの実践知識体系を取得できる「ゴールドラットTOCエグゼクティブコース」を受講することになった。


 受講メンバーの中には、ものづくりの現場への影響力が大きい樫谷氏も含まれている。樫谷氏がTOCの知見を身に付けて、改革の旗振りを行えば、現場の社員たちの意識も変わってくると考えたからだ。さらに、樫谷氏の部下で入社4年目の杉本凌氏も、この研修に参加している。経営幹部だけでなく、若手社員をメンバーに入れた狙いを泉氏は次のように語る。「我が社の風土に、それほど染まっていない人材がいることで、ほかのメンバーの意識改革に良い影響を与えると考えました。理解や吸収が速い人が近くにいると『自分も学ばなければ』というプレッシャーを感じると思ったのです」



スクールでの学びを実践に移す

 スクールを受講した成果はすぐに表れた。初回の受講後に、生産ラインの制約を特定し、それを解消することに成功しているのだ。3日にわたって行われる初回の授業では、TOCの基礎を学んだ上で、自社の業務における制約を特定するという宿題が課せられる。これを実践した結果、想像以上の成果を手にした。


 同社では、ランドセルを「裁断→パーツ加工→組み立て」というプロセスで生産している。パーツ加工では「カブセ」「前ポケット」「マチ」「肩ベルト」「下ベルト」「背あて」という6つを外部の部品メーカーに製作してもらう。組み立て工程で、これら6つのパーツを組み合わせることでランドセルは完成する。


 研修に参加した杉本氏が、過去の帳票から情報をかき集めて表計算ソフトで分析したところ、組み立ての段階でカブセと前ポケットの2つが恒常的に不足している一方で、ほかのパーツは過剰な在庫を抱えていることが分かった。


 一部のパーツが足りなくて組み立てに入れない製品があると、生産計画の組み替えが必要になり、現場の混乱を招いていた。これがさらなる不良品の発生を引き起こす。この結果、必要な数量を確保できずに、納期に間に合わなくなる。こうした悪循環が頻繁に発生していたのだ。


 これらの問題を解決するために、TOCを学んだメンバーを中核として改革に着手した。前述の通り、TOCは制約の改善に焦点を当てる。杉本氏の分析によって、組み立て時にカブセと前ポケットという2つの部品が不足することが、同社の生産ラインの制約だと判明した。ほかの部品に比べて、この2つの部品は、部品メーカーから送られてきた段階で不良品が多い、あるいは組み立て工程時のミスで不具合が発生することが多かったのだ。このような場合、外部の部品メーカーに修理を依頼し、改めて部品が納品されるのを待つことになる。TOCを学んだメンバーは、この制約を改善すれば、生産効率は大きく向上すると確信していた。




制約を解消することに成功

 改革後のプロセスは次のように変わった。組み立て時に不良品が発生した場合は、部品メーカーに差し戻すのではなく、内製で修理する体制に変えた。組み立て工程のメンバーのうち、手が空いている社員が不良品の修理にあたるのだ。


 裁断工程にもメスを入れている。従来は稼働率を上げるために、一度に大量の素材を裁断し、部品メーカーに送っていた。これが一部の部品の中間在庫を膨らませていたのだ。改革後は、裁断工程で過剰に素材を流すことを防ぐため、工場内にホワイトボードを設置し、仕掛かり作業を可視化することにした。


 TOCでは、これを「WIP(Work in Process)ボード」と呼んでいる。WIPボードを活用することで、必要以上の作業を開始しないようにコントロールできるようになる。セイバンの例でいえば、中間在庫を削減することが可能になるのだ。


 従来のように各工程内の生産効率に集中する生産方法では、かえって製品の生産量が落ちてしまう――。研修をきっかけに、ものづくりの現場が自ら既存の認識の誤りに気づき、仕事の進め方を変え始めている。




投資対効果は4000%にも上る

 この後も、同社ではTOCに基づいて生産工程の改革を継続している。泉氏は、スクールを受講した効果を次のように語る。「毎回の授業は『学ぶ→評価→実践→結果測定→洞察』の繰り返しです。結果を測定しているので、着実に成果が上がっていることが実感できます。わずか1カ月で受講料をはるかに上回る成果が得られました」


 一連の改革の結果、同社の工場では、1日の生産量が1000個から30%増の1300個に拡大している。部品在庫も大きく削減できた。金額に換算すると1000万円分の削減効果だ。売上高は2億円も向上している。


 これらの改革に必要だった投資は、スクールの受講料以外では、仕掛かり中の作業を貼り出すホワイトボードぐらいだったという。スループット(売上高から真の変動費を差し引いた額)で計算すると、投資対効果は4000%にも上っている。

 泉氏は、財務以外にも数字には表せない成果を実感しているという。「これまでは、あまり仕事の話をしなかった異部署間のメンバーが議論し、協力し合うので、社内の一体感が高まりました」と語る。


 セイバンでは、今後もTOCによる改革を継続していく計画だ。別のメンバーにスクールを受講してもらい、流通在庫の削減や購買リードタイムの削減など新たなテーマの改革に取り組んでいく予定だという。(了)

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