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Vol. 002

事例

株式会社 ユニフロー

働いた経験もほとんどない主婦が経営トップに就任することに。会社には課題が山積、業績も低迷していた。企業経営を学ぼうと、会計や生産、技術などに関する書籍を読みあさったものの、全てを会得するのは困難だと痛感。それでも父が創業した会社を守り抜きたい…

こんな時、あなたならどうする?

「スループット」で経営革新 7年間で営業利益が24倍に

​業務用のドアやシャッターの製造・販売を手がけるユニフロー。2007年に社長に就いた石橋さゆみ氏は「以前には働いた経験もほとんどありませんでした」というほど企業経営の知識はなかった。そんな石橋氏がTOC(制約理論)を駆使して、当時は業績が低迷していた同社を成長企業に生まれ変わらせた。

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「企業の目標はお金を儲けることだ」。TOC(制約理論)を開発したエリヤフ・ゴールドラット博士が、世界的なベストセラーとなった著書『ザ・ゴール』の重要な場面で主人公に語らせたセリフである。それでは、会社がどれだけ儲かっているかをどのように判断すればよいのか。TOCでは「スループット会計」という管理会計手法で、これを判断する。


 この手法を駆使して、お金を儲けるための改革を相次ぎ実践し、急成長している企業がある。業務用のドアやシャッターの製造・販売を手がけるユニフローだ。同社は、2010年からTOCに基づいた改革に着手。7年間で売上高が69%増、営業利益は24倍という大きな成果を生み出している。



専業主婦が経営トップに

 ユニフローは、代表取締役社長を務める石橋さゆみ氏の父親である宇野孝司氏が1965年に創業した企業。1989年に宇野氏が亡くなった際、石橋社長は2人の幼い子を持つ専業主婦として関西で暮らしていた。2006年に夫の転勤で東京に移ってから、少しずつ会社に出るようになったという。


 2007年に当時の社長が突然退任した際に多くの社員たちから請われて、急遽社長に就いた。ただし、米国の大学でマーケティングを学んだ経験はあるものの「働いた経験もほとんどありませんし、企業経営に関しては全くの素人でした」(石橋社長)。


 当時のユニフローには課題が山積していた。社長に就任した頃のことを石橋社長は次のように振り返る。「社員のモチベーションは下がっているし、毎日のように人が辞めていくような状況でした。『営業が悪い』『工場が悪い』と人のせいにする言葉ばかりが聞こえてきました」


 業績も低迷していた。2005年に起きた耐震強度偽装事件の影響で建築許可の取得に時間がかかるようになり、売り上げに大きな打撃を与えた。そこへリーマンショックが追い打ちをかける。2006年度に約50億円だった売上高は、2009年度には約35億円にまで落ち込んだ。



「これだけ覚えればいいんだ」

 こうした危機的な状況から脱するために、石橋社長は企業経営に関する知識を身に付けるべく、会計や生産、営業、技術など多種多様な書籍を読みあさった。しかし、読み進めていくうちに、全てを吸収するのは不可能だと思えてきたという。


 このような時に出会ったのが、夫の机の上に置かれていた『ザ・ゴール』だった。そこには、ユニフローと同じく業績不振にあえぐ製造業者を立て直す様が描かれていた。


 TOCは、仕事の流れを滞らせるボトルネック、つまり制約に集中して改善を行えば、仕事の流れが向上して高い生産性が得られることを実証した理論。ボトルネックとなっている業務以外では改善活動を行わないので、短期間かつ低コストで成果が出ることが大きな

特徴だ。


 この書籍との出会いをきっかけにTOCについて調べてみると、たった一つの理論で企業経営全般の改革に役立つことが分かった。シンプルな理論なので、企業経営に関する知識がない石橋社長にも理解できた。何よりも、会計や技術の専門用語を使わなくても、その仕組みを社員に説明できることが石橋社長の心をとらえた。


 「これ一つ覚えるだけでいいんだ」。そう考えて、ほかの経営改革手法には手を出さずにTOCだけを導入することを決断した石橋社長にチャンスが訪れる。2009年にゴールドラット博士が初めて日本を訪れてセミナーを開催するというのだ。このセミナーに参加した石橋社長は博士に直接、疑問を投げかけるという行動に出る。


 『ザ・ゴール』では、生産ラインの中で仕掛かりが滞留するボトルネックを特定して、集中的に改善するという取り組みが書かれていた。これに対して、ユニフローの主力製品であるスイングドアは受注生産であるため、仕掛かりが在庫になるということはない。この時の様子を石橋社長は、こう語る。「ゴールドラット博士に『あなたの理論は、うちのような会社にも適用できるのですか?』って、食ってかかるような調子で聞いてしまったのです」


 ゴールドラット博士は、その場では「お互いによく考えてからミーティングをしましょう」と応えると、2回目の来日時に石橋社長に「ゴールドラットハウスに来てください」とイスラエルにあるセミナーハウスに招いた。ゴールドラット博士と側近が直接、ユニフローをコンサルティングするというのだ。




博士の下で改革の工程表を作成

 2010年の2月と3月の2回、5日間ずつ石橋社長を含めた4人でイスラエルを訪れてコンサルティングを受けた。このメンバーの中には、現在は営業企画課の課長を務める大竹裕之氏も含まれていた。大竹氏は、この時の感想をこう語る。「ある日突然、社長から『イスラエルに行くわよ』と声をかけられて戸惑いました。お断りしようとも思ったのですが、妻の『せっかくだから、行ってきたらいいじゃない』という言葉に後押しされ、行くことを決めました」


 大竹氏は、この直前まで営業職に就いていた。改革を実践するに当たって、営業企画課へ異動し、改革を旗振りすることになった。石橋社長が白羽の矢を立てた人物だ。


 イスラエルでは、TOCのトップエキスパートと一緒に「戦略と戦術のツリー(S&Tツリー)」を作成した。改革の工程表に相当するS&Tツリーは、最終目標(ゴール)の達成に至る中間目標と、それを達成するためのアクションや前提条件をまとめたものである。この時に作成したS&Tツリーを貼り付けたパネルは、高さが180センチ、幅が約3メートルという巨大なものだ。会社がどこに向かっていくのかを社員たちに理解してもらうために、今でも会議室にパネルを立てかけてある。




9つのUDEと6つのDEを掲げる

 日本に戻った石橋社長は早速、改革に着手する。大竹氏を含めた若手社員を集めて、改革の中核メンバーとなるチームを組成。夢を実現するという思いを込めて「ドリカムチーム」と名付けた。このチームに生産から営業まで全社の業務を調査してもらい、課題を洗い出した。


 TOCに基づいた改革では、まずは自社にとって「望ましくない現象(UDE:Undesirable Effects)」を抽出する。併せて、どのような状況になりたいのか、つまり「望ましい現象(DE:Desirable Effects)」を描く。ドリカムチームの調査の結果、9つのUDEが浮かび上がるとともに、6つのDEを掲げることになった。


 UDEをDEに変換するには、どのような取り組みが求められるのか。これを明らかにすべく、ゴールドラット博士が創業したゴールラット・コンサルティングの日本法人の支援を受けて、ドリカムチームは5回ほどのワークショップを開催した。


 このワークショップで明らかになったことは、TOCの管理会計手法であるスループット会計を導入すれば、UDEの多くが解決できるということだった。スループット会計の指標である「スループット」を意識して活動することによって、UDEの半分くらいが改善できることが分かった。




3つの指標でお金を儲ける

 TOCでは、企業の目標(ゴール)を「現在から将来にわたって、もっとお金を稼ぐこと」と位置付けている。そして、どれだけお金を稼いでいるかを把握するために開発された管理会計手法がスループット会計である。


 スループット会計では「スループット」「在庫」「業務費用」という3つの指標を活用する。最も重要な指標であるスループットとは、販売を通じてお金をつくり出す割合のことだ。具体的には、製品・サービスの売り上げから「真の変動費」を差し引いた数字となる。


 真の変動費とは、原材料や外注費など製品・サービスを生み出すのに要した変動費のことだ。一般的な財務会計のベースとなっている原価計算において、費用として配賦される減価償却費や光熱費、労務費などの固定費は含めない。


 スループット会計における在庫とは、販売しようとするものを購入するために投資した全てのお金のことだ。業務費用は、在庫をスループットに換えるために費やすお金のことだ。減価償却費や光熱費、労務費など直接的に製品・サービスの生産に結びつかない費用は全て業務費用に含める。


 TOCにおける「お金を儲けること」とは、スループットの最大化に努めることにほかならない。



スループットで意思決定

 ユニフローでは、TOCを導入する以前は原価計算に基づいて意思決定を下していた。原価を下げるためにさまざまな手を打ってきた。生産工程では、1度にできるだけ多くの製品を生産するように努めてきた。そうすれば製品1個当たりに配賦される固定費が減り、原価が下がるからだ。


 2010年からスループットを最大化することを意思決定の判断材料としたことで、同社の仕事は大きく変わることになる。例えば、外注していたスライドドアを内製化することにした。原価計算では自社で生産するよりも原価が下がるので外注していたが、工場に余力がある時に内製すればスループット額が増えることが分かったからだ。労務費が増えるわけではないし、使っていない製造設備を利用したので新たな投資が発生したわけでもない。


 スイングドアの取り付けに必要な枠の販売や施工にも取り組むようになった。従来は、原価率が上がるので、これらは他社に任せていた。しかし、案件当たりの単価が上がり、スループットの向上につながるので、自社で取り組むようにした。顧客にとってもワンストップで対応が済むという利点があり、「Win-Winの関係」が築ける。


 大型物件の受注も増えたという。受注額が大きい案件では、値引きは避けられず、原価率が上がってしまう。従来は、売り上げは確保したいが原価率が悪いというジレンマがあった。しかし、原価率ではなく利益額を意識するようになった現在は、このジレンマが払拭され、かつ適正な受注判断ができるようになり、積極的に大型物件を営業するようになった。石橋社長は「みんながスループットを増やす行動をとってくれています」と語る。


 会社全体にスループット会計が根付いたといっても、社員に管理会計を学ばせたわけではない。「私たちの会社の目的は、つまるところチャリンチャリンって、お金を増やすことだよね。お金が増えれば給料も上がるし、新製品の開発もできる。だから、チャリンチャリンとお金を増やそうよ」


 石橋社長は、社員たちにスループットをこのように説明したという。「主婦感覚でスループット会計のポイントを伝えたので、みんなに腹落ちしてもらえたのだと思います」と語る。難しい会計用語を使わない説明が功を奏したのだ。




新たなS&Tツリーで中計を策定

 現在、同社ではTOCの適用範囲を拡大しているところだ。スループット会計以外でも、プロジェクトのリードタイムを短縮する「CCPM(Critical ChainProject Management)」や、在庫削減に大きな効果がある「DBM(DynamicBuffer Management)」にも取り組んでいる。CCPMによって、市場ニーズに合わせた新製品の投入が可能になり、ヒット商品の誕生につながっているという。


 改革の旗振り役を務める大竹氏は「TOCが会社の文化として根付きつつあります。当初に掲げたDEも、ほぼ達成できたと感じています」と評する。石橋社長は「業績が良くなったことはもちろんですが、それ以上に社員たちが成長したことがTOCを導入した最大の成果だと考えています」と語る。


 会議室にあるS&Tツリーは、ゴールドラット博士と側近に手伝ってもらって作ったものだが、ちょうど新しいものを自分たちの手で作り上げたところだ。現在、自分たちで描いた戦略と戦術に基づいて、2018年度から3カ年の中期経営計画を策定しているという。(了)

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