top of page
Vol. 004

事例

小林香料株式会社

経営環境の変化によって売上が激減。毎年、次々に改善策を打ち出して、経営陣も現場もみんながんばっているのに業績は悪化するばかり。このままでは経営破綻を招いてしまう…

こんな時、あなたならどうする?

「今はやらない」の徹底で経営危機からV字回復

​2002年度に30億円強だった売上高が、05年度にはほぼ3分の2の約22億円にまで激減。毎年のように改善策を打ち出すものの、業績の悪化が止まらない。こうした苦況の中で小林正幸社長がTOC(制約理論)に出会い、学びを実践することで、会社をV字回復に導いた。

23092290.png

 「今から考えれば、良かれと思って社内のあちこちで取り組んでいた改善活動がかえって業績を悪化させていました」。こう語るのは、小林香料を率いる小林正幸社長だ。経営危機に陥った同社が、全体最適のマネジメント理論「TOC(Theory Of Constraints=制約理論)」を活用することによって、業績を大きく回復させている。


環境の変化で経営危機に

 薬種原料商として1900年に創業された同社は、時代とともに事業領域を拡大してきた。1968年に合成香料製造で養った有機合成技術を生かして、医薬品中間体と原薬を中心としたファインケミカル事業を展開。現在は、医薬品原料や健康食品素材を扱う化成品部門、食品香料や食品素材を扱う食品部門、化粧品香料や化粧品を扱う香粧品部門の3つを事業の柱としている。


 そんな同社が21世紀を迎えてから、経営環境の変化によって苦況に陥る。その変化の一例が、日本の製薬メーカーから新薬があまり出なくなってきたことだ。製薬メーカーの新薬開発で使われる原料の受注生産が大きな売り上げを占めていた同社にとっては大打撃である。


 2002年度に30億円強だった売上高は、05年度にはほぼ3分の2の約22億円にまで落ち込んだ。もちろん、この状況に手をこまねいていたわけではない。小林社長は毎年のように新たな改善策を打ち出してきた。07年に経営改善委員会を設置し、翌年には人事評価制度として目標管理制度(MBO)を導入。創業から109年目を迎えた09年には、次の110年後のビジョンである「NEXT 110」を打ち出した。翌年には、このビジョンに基づいて改革プロジェクト、策定チーム・運営チームを編成して全社を巻き込む改善活動を行った。


 それでも業績の好転には至らなかった。12年度には売上高が約20億円にまで低下。経営陣はもちろんのこと、現場の社員も改革に向けて一生懸命に頑張ってくれている。にもかかわらず、売上高は落ち込んでいくばかりだった。小林社長は「創業以来の未曾有の経営危機だと考えていました」と当時を振り返る。

図1●小林香料の売上高の推移。TOCに取り組み始めて業績が急伸


独学でTOCを実践

 小林社長は苦況から脱却するために、経営に関するさまざまな書籍や論文を読みあさったという。それでも「これなら行ける!」と思うようなものは見当たらなかった。そんなときに、業務部の部長を務める飯島善男氏が一冊の本と出会う。イスラエルの物理学者であるエリヤフ・ゴールドラット博士の著書『ザ・ゴール』である。


 この本は、在庫を山のように抱えて慢性的に納期遅れが続き、赤字状態が続いていた工場を主人公が立て直す様を小説仕立てで描いたビジネス書だ。主人公が改革に活用したのがTOCである。TOCの最大の特徴は、ハードサイエンス(自然科学)において用いられる「Cause & Effect Logic(因果関係)」を使って、マネジメントの世界に科学的なロジックを持ち込んでいる点である。


 飯島氏は、自社の改革のためにサプライチェーン・マネジメント(SCM)を学ぼうとしている中で『ザ・ゴール』と出会ったという。SCMだけでなく、経営全般に通用する理論であることに感銘を受けたという。同氏は当時の感想を次のように語る。「最も感心したのは、制約の解消に集中すれば全体最適化が実現できて、その結果として業績が上がるという点です。いろいろなところで改善活動を展開しているのに全く業績に結びつかない当社に向いていると思いました」


 飯島氏が、同書を小林社長に推薦。小林社長は一読して「これしかない」とひらめいたと言う。その後にTOCに関する書籍や論文を読みあさって、自社で実践することを決断。幹部社員一同が書籍でTOCを学び、14年から独学による改善活動を展開し始める。

図2●TOCの基本的な考え方。制約以外の改善活動には取り組まない


エキスパートから学ぶ

 ただし、この活動の進め方に問題があった。TOCは、業績向上のボトルネック(制約)となっている要因を特定し、そこに集中して改善を行うことが基本的な考え方だ。いわば、つながった鎖の中で最も弱い輪だけを補強することによって、鎖全体の強化を目指す取り組みだ。これに対して、同社では部門ごとに3つほどのグループがそれぞれ改善活動に取り組んだ。同一の事業の中で複数のグループがTOCに取り組んだのである。これで実現できるのは、グループ単位での部分最適化でしかない。


 当時は、小林社長も改善活動に取り組んだメンバーも、この問題に思い至っていなかったという。グループ単位での小さな成果が出始めたものの、小林社長には不満があった。この時の様子を、小林社長は次のように振り返る。「TOCに関する文献を読むと、必ずといっていいほど短期間で2倍や3倍といった目覚ましい成果が出ると書かれています。ですので、私たちの進め方にどこかおかしいところがあるのでないかと思っていたのです」


 こう考えていた社長の耳に、15年から「ゴールドラットスクール」が開講されることが入ってきた。このスクールは、進化し続けるTOCの知識体系を深く学びたい人々のために、ゴールドラットグループ本国で実施しているセミナーの日本版だ。小林社長は本格的にTOCを実践したいと考えて、このスクールに幹部社員を送り込むことを検討する。


 小林社長は、このときの思いを「スクールがある京都までの新幹線代も惜しいと思うくらい財務的には厳しい状況でしたが、目覚ましい成果が出ることを信じて思い切って決断しました」と語る。こうして社長を含めた4人が、6カ月間でTOCの実践知識体系を取得できる「ゴールドラットTOCエグゼクティブコース」を受講することになった。もちろん、受講メンバーの中には、社長に『ザ・ゴール』を薦めた飯島氏も含まれている。

ゴールドラットスクールを受講したメンバー。(前列左から)企画室部長の塩月健之氏、取締役事業本部長の倉金幸治氏、小林社長、業務部部長の飯島善男氏(後列左から)香粧品営業部部長の清家隆司氏、取締役米沢工場長の元木康雄氏、事業本部研究開発部部長上席調香師の山井充氏。前列が1年目、後列が2年目に受講したメンバー


「今はやらない」を徹底

 スクールでの学びから、改善活動において次の3つのことに注力するようになったという。①最も重要なことに集中する、②「今はやらない」を徹底して資源を確保する、③重点領域もしくは制約に、ほかの物事は従属させる――という3つだ。限られたリソースと時間の中では、非制約に対する改善を行わないと決めることが、制約に集中することを可能にし、それが組織全体に飛躍的な成果をもたらすからだ。TOCを開発したゴールドラット博士は生前、次のように語っている。「TOCの真髄を一言でいうなら、集中である。しかしその意味は、辞書に書かれている意味とはいささか異なる。やらないことを決めることが、TOCでいう集中である」

図3●小林社長が改革で注力したという4つのポイント。そのうち3つがTOCからの学び

 「今はやらない」の徹底ぶりを象徴しているのが化成品部門である。同部門は本来、医薬品原料の受託製造を主要なビジネスとしていたのだが、これを「今はやらない」ことにしてしまったのだ。医薬品原料に代えて取り組んだのが、ある健康食品素材だ。それが「HMB(β-ヒドロキシ-β-メチル酪酸)」である。


 HMBは、食事によるロイシンの摂取によって体内で生成される成分で、筋肉の合成促進と分解抑制因子(シグナル)として働く。簡単に言えば「筋肉を作れ」「筋肉を守れ」という刺激を出す成分で、ロコモティブシンドローム(運動器症候群)や美容、スポーツなどの幅広い分野で注目を集めている。


 小林社長は、化成品部門に対してHMBだけに集中するという大なたを振るった。ほかの商材の販売活動は停止するとともに、HMB以外への積極投資を凍結するというほどの徹底ぶりだ。

図4●化成品部門ではリソースを「HMB」のビジネスだけに集中

S&Tツリーで会社の方向性を共有

 各部門が制約へ集中することによって、同社の業績は上向き始める。小林社長は、TOCの考え方を全社に根付かせようと、16年には前年のメンバーよりも現場に近い社員3人を「ゴールドラットTOC思考プロセス」に送り込んだ。これは、既成概念を覆してブレークスルーを起こすような思考方法を学ぶプログラムだ。


 このプログラムでは、業務改革の長期的なシナリオとなる「戦略と戦術のツリー(S&Tツリー)」を作成する。企業全体の戦略目標から始まって、その実現のためにどのような圧倒的な競争力をもつべきか、その競争力をどう構築し、どうお金に換え、どう維持するのかを体系的にまとめたものだ。このプログラムに参加したメンバーが、スクールでの情報を社長と共有しながら作成を進めていったという。小林社長は、このツリーの効用を次のように指摘する。


「会社がどちらへ進んでいくかというベクトルを共有できるようになりました。現時点で会社がどんな状況にあり、どのような改革を実施することで、どちらへ向かっていくかということが示されているので、今は何をすべきかが明確になったのです。逆に、こんなこともやってなかったのかと反省するケースもあります」


スループットが意思決定の指標に

 現在の小林香料では、現場の社員にもTOCの考え方が広がりつつある。なかでも、TOCの管理会計手法である「スループット会計」の考え方が浸透してきているという。


 スループット会計では「スループット」「在庫」「業務費用」という3つの指標を活用する。最も重要な指標であるスループットとは、販売を通じてお金をつくり出す割合のことだ。具体的には、製品・サービスの売り上げから「真の変動費」を差し引いた数字となる。真の変動費とは、原材料や外注費など製品・サービスを生み出すのに要した変動費のこと。一般的な財務会計のベースとなっているコスト会計において、費用として配賦される減価償却費や光熱費、労務費などの固定費は含めない。


 以前の小林香料では、コスト会計を意思決定の指標としていた。このため、原材料を調達する場合には、一度にできるだけ大量に注文してコストを抑えるのが良いこととされていた。特に受注生産を行っている部門では、顧客からの大量注文に備えて、かなりの量の安全在庫を抱えていたという。これが財務を圧迫していた大きな要因の一つとなっていた。


 現在は、在庫を大量に抱えていた部署において、TOCの知識体系に含まれる「ダイナミック・バッファ・マネジメント(DBM)」を駆使することで在庫削減を実現している。DBMは、過剰在庫と欠品の同時削減を目的に、実際の消費量に基づいて在庫バッファを動的に最適化し続ける仕組みである。この仕組みが、キャッシュフローの大きな改善につながっている。


TOCを文化として根付かせたい

 制約に集中するという取り組みも全社に広がってきている。例えば香粧品部門では、研究開発において香料を調合する調香師が制約、すなわち希少なリソースとなっていた。なかでも、高度な調合ができる社員のところに仕事が集中していたという。従来は、依頼元のリクエスト通りに仕事を振り分けていたが、現在は高度な調合ができる希少リソースに最大限に働いてもらうために、リクエストの内容を事前に精査するようになった。


 自身が調香師で2年目のスクールに参加した山井充氏は「香粧品部門だけでなく、希少リソースという考え方がいろいろな現場に根付いてきたように感じます」と語る。「みんなで希少リソースを助け合おう」という風土も醸成されつつあるという。


 TOCを導入するきっかけを作った飯島氏は「以前に比べて、社内のあちこちが確実に良くなってきていることを実感しています」と語る。一連の改善活動の効果は、財務にはっきりと表れている。14年度に立案した中期経営計画では、18年度に売上高を30億円にすることを目標に掲げていた。この数字を1年前倒しで達成できたのだ。現在は、創業120周年にあたる2020年までに過去最高の売上高40億円を突破することを目指している。経営危機に陥った同社を成長企業に生まれ変わらせた小林社長は、次のように語る。


「TOCと出会ったことで全体最適という考え方を学び、それを実現しようという思いを社内で共有できたことが一番の成果です。TOCを企業の文化として根付かせていきたいと考えています」(了)

図5●小林香料が「今はやらない」ことを徹底すると決断を下した際のRisky Prediction

bottom of page