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Vol. 005

事例

NKE株式会社

経営環境の変化に伴って、利益率が急速に悪化。少品種大量生産時代に築き上げた「成功の方程式」が通用しなくなったのだ。精魂込めて綿密な経営戦略を立案しても
現場がそれに基づいた行動をとってくれない…

こんな時、あなたならどうする?

戦略と現場の行動を結びつけて利益率を大きく向上

工場の自動化機器の製造を主力ビジネスとするNKE。好業績を上げていた同社だが、2000年代に入ると経営環境の変化で利益率が悪化。中村道一社長は、綿密な戦略を打ち出しても、現場の行動に結びつかないことに悩んでいた。そんな同社が、TOCを学ぶことで業績を急回復させた。

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「どんなに優れた計画をつくっても、現場がそれに基づいて行動できなければ意味がありません」。NKEを率いる中村道一社長は、こう力説する。

 経営環境の変化によって利益率の悪化という苦境に陥った同社が、全体最適のマネジメント理論である「TOC(Theory Of Constraints=制約理論)」を駆使して業績を大きく回復させた(図1)。現場の社員が、中長期的な経営戦略に基づいて行動できるような仕組みを築いた結果だ。

図1●営業利益率の推移


経営環境の変化で業績が悪化

 NKEは、工場の自動化機器を主力ビジネスとする製造事業者。「人間価値に基づく社会の形成に役立つ自動化・省力化」を意味する「Humanized Automation」という理念を掲げて、さまざまな自動化機器を製造・販売している(図2)。

図2●NKEが生産・販売する製品の例

 同社の強みは、1969年の創業間もないころに確立した「ブロック・ビルディング・システム(BBS)」という手法だ。これは工場の生産ラインにおいて、機能ごとに標準化したユニットを組み合わせることで、全体のシステムを構築する手法である。中村社長は、BBSの利点を次のように説明する。


「どんなに複雑に見える工程でも、予測可能で繰り返しのパターンが含まれています。これを標準化してブロックのように組み合わせることで、複雑なシステムを最小限のコストで、しかも最短時間で実現することが可能になります」


 このBBSが市場から高い評価を受け、同社は創業から2000年を迎えるころまで増収増益基調で急成長を遂げてきた。しかし、2000年を超えてから業績が悪化する。2004年度から2009年度まで17億円から20億円で推移していた売上高が、リーマンショックの影響を受けた2010年度には9億5000万円まで落ち込む。中村社長は、このときを「経営が破綻するかと思いました」と振り返る。


 その後に20億円前後回復したものの、中村社長は利益率が低下していることを大きな課題だと捉えていた。2000年代に入って営業利益率はじりじりと低下し、2016年度には3%を切っていた。


 利益率が悪化した要因は、主要な顧客である製造事業者の経営環境が激変したことだ。顧客企業からの注文が変化し「少品種大量生産向きのBBSの考え方で開発したカタログ製品ではなく、多品種少量生産に適した一品モノの注文が急激に増えてきました」(中村社長)と言う。


 さらに、顧客企業が生産拠点を海外展開したことも、同社の業績を引き下げる要因となった。海外進出した当初は生産設備を日本から調達していたが、次第に現地で調達する顧客が増えてきた。この結果、同社のビジネスは、注文のボリュームが減るとともに、その中でもコストと手間が最もかかる一品モノの割合が高いという構造になってしまったのだ。



TOCに光明を見いだす

 中村社長は、古くから経営学に興味を持っており、なかでもピーター・F・ドラッカーの著作に感銘を受けていたという。業績を向上させるために、まずはドラッカーの理論を自社で実践しようと考えた。しかし、この試みはうまくいかなった。この理由を中村社長は「考え方は理解できるのですが、現場の行動に結びつけるようなツールが全くありませんでした」と語る。


 とりわけ、自身が立案した中期的な経営戦略と現場の行動が結びつかないことを大きな課題だと考えていた。「さまざまな情報を一生懸命に集めて、精魂込めて経営戦略を打ち出しても、その背景や狙いを現場の社員に理解してもらえず、日常的な行動に落とし込めませんでした」と評する。中村社長が主導して、管理職や現場の社員と話し合って立案した計画でも、行動に結びつけることはできなかった。


 何らかの対策を打たないと、業績がジリ貧になる――。中村社長が、このように考えていたときに出会ったのがTOCだ。2009年にTOCのセミナーを受講した中村社長は「これを導入すればビジネスを好転できる」と直感したという。


 TOCは、イスラエルの物理学者であるエリヤフ・ゴールドラット博士が開発したマネジメント理論。物事はそもそもシンプルであるという原則に基づいたもので、複雑な問題でも、制約となっている部分だけを改善することによって、全体に目覚ましい成果をもたらすということを示した理論だ。マネジメントの世界に科学的なロジックを持ち込んでいることが大きな特徴である。


 中村社長は、複雑な工程の中から標準化できる部分を見いだすというBBSの考え方と相通じるところがあるため、自社の改革に最適な理論だと考えた。TOCのコンサルティングを受けることも考えたが、財務状況が極めて厳しい時期で決断には至らなかったという。この当時を、中村社長は次のように振り返る。


「TOCの成功事例として紹介されていたものが大企業ばかりで、当社のような規模の企業が導入できるようなものではないと思っていました」



経営陣がスクールを受講

 改革を進め方に悩んでいた中村社長の耳に、「ゴールドラットスクール」が開講されるという情報が入ってきた。このスクールは、進化し続けるTOCの知識体系を深く学びたい人々のために、ゴールドラットグループ本国で実施しているセミナーの日本版だ。


 そこで2014年に、まず3人の若手社員を6カ月間でTOCの実践知識体系を取得できる「ゴールドラットTOCエグゼクティブコース」に送り込んだ。このコースには、自社の課題を材料として、ワークショップを通して改善策を打ち出すプログラムが含まれている。毎回の授業で宿題が課され、その都度、中村社長も受講生とともに改善策の立案に取り組んだ。


 ここでTOCの知識を吸収した中村社長は、全社にTOCを本格的に導入することを決断。2015年には、4人の経営幹部を「ゴールドラットTOC思考プロセス」に送り込んだ。


 TOCの思考プロセスを一言で表現すると、組織が掲げた目標を達成するために「何を変えるか?」「何に変えるか?」「どうやって変えるのか?」という3つの質問への答を導き出すツールである。実際の取り組みでは、まず組織の現状を把握するために「現状ツリー(Current Reality Tree=CRT)」という図を描く。組織が抱える課題(望ましくない事象)を洗い出して因果関係を矢印でつないだ図である。TOCでは「望ましくない事象」を「UDE(UnDesirable Effect、「ウーディー」と読む)」と名付けている。


 CRTを描くことによって、最初の質問である「何を変えるか?」の答、すなわち数々のUDEの真因となっている中核の問題が導き出される。TOCでは、これを「ビシャスサイクル(「悪循環」の意)」と呼んでいる。


 NKEの経営陣も、TOCのトップエキスパートの支援を受けて、自社のCRTを描いた。その結果、「一品モノを増やす→開発設計リソースが取られる→新商品が出ない→カタログ商品の売り上げ比率が年々低下している→一品モノを増やす」というビシャスサイクルを特定できた(図3)。つまり、同社が業績を改善するためには、制約となっているこのサイクルを解消することが必須であることが分かったのだ。

図3●NKEの経営幹部がゴールドラットスクールのプログラムで作成した現状ツリー


S&Tツリーで戦略と行動を結ぶ

 思考プロセスでは、CRTを描いた後にビシャスサイクルを解消するための経営戦略を立案した上で、それを現場の行動に落とし込む「戦略と戦術のツリー(S&Tツリー)」を作成する。業務改革のシナリオに相当するS&Tツリーは、最終目標(ゴール)の達成に至る中間目標と、それを達成するためのアクションや前提条件をまとめたものである(図4)。組織のゴールや目的に対する活動の不整合によって顕在化する対立を排除して、組織に調和をもたらすことを目的としている。


図4●S&Tツリーでトップの戦略から現場の戦術(行動)までをつなげる

 具体的には、企業全体の戦略目標から始まり、そのためにどのような圧倒的な競争力を持つべきか、その競争力を、どう構築し、どうお金に換え、どのように維持するのかを体系的にまとめる。経営層から現場の社員までが、どんなアクションをどんな順序で実行するべきか、またそれはなぜかを論理的に把握することが可能になる。経営戦略と現場の行動が結びつかないことを大きな課題と捉えていた中村社長の懸念を解消するツールだった。中村社長は「当初は、戦略を教えれば、現場がそれを理解して行動に移してくれるという思い込みがありました」と反省する。


 NKEでは、ゴールドラットスクールで作成したS&Tツリーを全社で共有するために、全ての管理職に配布する中期経営計画書にも、膨大な紙数を割いて全てのツリーを掲載している。現場ごとの行動にまで落とし込んでいるため、管理職は自分が統括する部署において、どのような理由によって、どのような行動をとればよいかを把握できるようになった。今では、中期経営計画の対象年度が終わりに近づくと、経営層や管理職の間で「S&Tツリーで未達となっている○○は完了できそうなの?」といった会話が日常的に交わされているという。NKEのマネジメントツールとして、S&Tツリーが根付いた証左である。


 同社では、S&Tツリーの進捗を管理するために、TOCの知識体系に含まれる「ODSC」というツールを部門ごとに導入している。ODSCは「Objectives(目的)」「Deliverables(成果物)」「Success Criteria(成功基準)」の頭文字をとったツールで、これらを関係者間ですり合わせるためのものだ。


 全ての部門において、成功基準を生産性とした。一般的に生産性は「付加価値÷総労働時間」と定義されている。同社では、この方程式を展開して、下の式のように、生産性を「スループット(売り上げから真の変動費を差し引いた数字)÷直接時間(タッチタイム)」と「直接時間÷総労働時間」を乗じたものだと定義した。


 中村社長は「前者が打率、後者が打数に相当するものだと説明したら、現場の社員たちも腹落ちしたようです」と評する。



新領域の商品を相次ぎ開発

 TOCの導入と並行して、同社では新たな領域に向けた商品開発にも乗り出した。「デザイン・ドリブン・イノベーション」という独自の取り組みだ。中村社長は、この背景を次のように解説する。


「技術者が多い当社では、現場の社員が日常の仕事の中で新しいアイデアを思いつくケースが少なくありません。しかし、こうしたアイデアは個人の中に埋もれてしまい、ビジネスに結びつきません。現場の社員たちの多彩なインスピレーションを、新商品を検討するまな板の上にのせたいと考えました」


 具体的な仕組みは次の通りだ。社員が新しいアイデアを思い付くと、その概要をSNSツールである「LINE」を使って4人の経営陣の誰かに伝える。この4人は日頃から綿密にコミュニケーションをとっており、隙間時間や食事などの際に、アイデアの実現可能性を検討する。面白そうなアイデアがあれば本人に詳細を聞いた上で、事業化の可能性が高いと判断した場合には、関連する技術者や営業担当者など多様な人材リソースを投入し、プロジェクト化する。組織がフラットで技術密度が高い同社だからこそ、実践できる取り組みだ。


 既に、販売にこぎついた商品もある。この好例が、2019年4月から販売を開始したウエアラブル・アシスト・スーツの「腰助(ようすけ)くん」だ。この商品では、これまでに蓄積したアクチュエーター技術を駆使して人工筋肉を実現。一般的なコルセットに比べて、腰部の圧迫感が少ない状態で背筋を伸ばして固定できることが大きな特徴だ。これまでに同社が手がけていないヘルスケア領域の商品である。このほかにも、温湿度や音、人感などのセンサーを搭載して生活情報を自動的に通知することで、高齢者の独り暮らしをそっと見守る「みまもりれんら君」や、DIY(日曜大工)で頻繁に必要となる木材を円形にカットする作業を支援する「トリマル君」など新たな領域での商品が相次いで生まれている。


 中村社長は「TOCを導入したことによって、新しいビジネスを創出する際にも制約の解消に集中しようという風土が醸成されつつあります」と語る。現在、同社は3カ年の新たな中期経営計画を立案中。その計画の実現に向けて、S&Tツリーを更新しているところだ。(了)

図5●NKEの経営幹部がゴールドラットスクールを受講すると決断した際のRisky Prediction

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