Vol. 006
講演レビュー
林南八 氏 (元トヨタ自動車 取締役/技監)
今でこそ、世界の自動車産業をリードするトヨタ自動車。自動車事業の立ち上げは決して平たんな道ではなかった。自動車開発にかかる投資は膨大。投資回収期間も長い。技術もなく、資金も苦しい…
この厳しい状況の中で生み出されたトヨタ生産方式の本質とは?
こんな時、あなたならどうする?
仕事の「滞留」をなくす――これが業務改善の決め手に
トヨタ自動車の技術職の最高位である技監を務めた林南八氏が「トヨタ生産方式の本質」を解説した。同氏は「業務改善の決め手は、滞留を減らし続けることだ」と強調する。林氏は、2018年9月に米ユタ州で開催された「UTAH OPS & Goldratt Consulting」の基調講演にも登壇している。
トヨタ生産方式(TPS)は、その名に「生産(Production)」が付いているので「生産現場を対象とした改善手法」だと誤解している方が少なくありません。実際、私の耳にも「この低金利時代に教条的に在庫を減らして何になるんだ」「無理な省人化が安全・品質の軽視につながっていないか」「あれは製造業がやっていることで、自分の業界とは無関係」といった声が届くことがあります。
しかし、TPSは生産現場のための改善手法ではなく、その本質は「原価低減」と「人財育成」にあります。今にして思えば、TPSの正式名称を「Toyota Process development System」にしておくべきだったと考えています。
自働化とJITが2本柱
TPSは「自働化」と「ジャスト・イン・タイム(JIT)」という2本の柱で構成されています。これらを徹底的に行うことによって、原価低減が可能になるとともに、これに携った人材が育成されて「人財」となると考えています(図1)。
ただし、原価低減の定義が一般的な理解とは少し異なります。トヨタにおける原価低減とは、コストカットすることではありません。製造原価を下げて「安くつくる」ことです。つまり「Cost Reduction」であり、正確に言えば「Make Money in Process」ということになります。大野耐一さんの著書『トヨタ生産方式』にも、「人間の能力を十分に引き出して、働きがいを高め、設備や機械をうまく使いこなして、徹底的にムダの排除された仕事を行う、というごく当たり前の、それでいてオーソドックスかつ総合的な経営システムが要請されている」と書かれています。
品質は工程で作り込む
自働化には、「異常があったら止まる・止める」「仕事が完了したら止まる(人と機械の仕事の分離、人を機械の番人にしない)」というコンセプトが包含されています。これらは、不良品を作らない・流さないための取り組みで、「品質は工程で作り込む」という意味合いが込められています。また、同じ仕事でも、より少ない人数で遂行するための取り組みでもあります。
トヨタが、このコンセプトを打ち出したことには大きな理由があります。世界的に見て自動車メーカーとして後発だったトヨタは、良い物を提供できなければお客様はつかない。社内事情としても資金が貧しい中、不良品を作っていては採算が取れない。さらには、生産性が8倍ともいわれた欧米の最新鋭の設備を買いたくても資金がない。現有の設備に工夫を加えて、人の付加価値生産性を上げるしかなかったのです。
2005年からは、自働化の考え方の中でも「品質は工程で作り込む」ことを徹底するために、新たに「自工程完結」という取り組みを始めました。仕事に携わる一人ひとりが「自」らの「工程」を「完結」させる取り組みです。どの作業の何を押さえておけば品質が保証できるのか、不良品を絶対に作らないための良品条件は何か、良品条件が一つでも欠落したら加工しない――ということを一人ひとりが意識して実践するのです。こうすれば不良品は発生しません。
自工程完結の考え方は生産現場にとどまらず、開発業務や企画業務などあらゆる分野で求められるものです。実際、トヨタでもスタッフ部門で実践したところ、大きな成果が表れました。後工程をお客様と捉えて、何を押さえておけば後工程に迷惑をかけないで済むかというアプローチが重要といえるでしょう。
最近は不良品が市場に出ることを防ぐために、AI(人工知能)を活用した画像認識技術で不良品を検出する取り組みが出てきました。確かに、これならば不良品は外部に流出しませんがゼロにはなりません。物流費の高騰・原油高・材料費の高騰など、自助努力では如何ともし難い事態が次から次へと襲ってくる現在、自助努力で対応できる唯一の方策、それこそが不良ゼロへの挑戦ではないでしょうか。
シンプルな流れで滞留を減らす
次にTPSの2本目の柱、JITについてお話ししましょう。JITは、必要な物を、必要な時に、必要な量だけ作る生産方式です。JITのレベルは、行動を起こしてから結果が出るまでのリードタイムで決まります。
トヨタがJITにこだわったのにも理由があります。お客様第一という観点から良い物を安くタイムリーに提供できなければ先行する欧米メーカーには太刀打ちできません。社内事情からすると当時資金の乏しい中、自動車というビッグビジネスに参入するためには、さまざまな領域で膨大な投資を続ける必要がありました。そして出来上がった製品をお客様にお買い上げいただいた上で代金をいただいた時点で初めて資金の回収ができるのです。つまり、資金が乏しい中、いかに短期間で代金を早く回収するか、すなわちリードタイムを短くすることを第一義に考えざるを得なかったのです。
代金回収までのトータルリードタイムを短縮するには、工程間の滞留を極力減らすことが求められます。そこで重要なのが、サプライチェーン全体のマネジメントです。生産から物流までを含めた実態を正確に把握した上で、極力近くで調達するような体制を築かなればなりません。
次に重要なことは、流れをシンプルにすることです。人件費が削減できることで原価が安くなるからといって、工程の一部を内製から外部への委託に切り替える企業も少なくありません。しかし、これではリードタイムは延びてしまいます。例えば、6つの工程があり、このうち3つを外部に委託しているケースを想定しましょう。外部に委託すると、わずか6工程のリードタイムが11日もかかってしまいます。全てを内製化すればトータルリードタイムは1日もかかりません。
さらに、社内のミクロな流れにも滞留を減らしてリードタイムを削減する改善の余地があります。製造現場では①分岐・合流がある工程、②段取り替えがある工程、③作業時間が不安定な工程、④物流効率だけを追求して大量に運ぶような工程――などが、滞留が発生しやすい状況です。これらの全てがリードタイムを延ばす元凶になっています。安価な設備を工夫して分岐・合流をなくせば中間工程での滞留はなくなり、少ない完成品在庫でのオペレーションが可能になります。できるだけ分岐・合流を減らすことが重要です(図2)。
大ロットだと生産性は上がる?
3番目にお伝えしたいことは、大ロットによる生産がリードタイムを延ばす元凶になっていることです。生産性が高くなると考えて、大ロットで生産している企業が少なくありませんが、本当に生産性は上がるのでしょうか。
物を作ったら作っただけ売れた時代には「作って何ぼ」、つまり一般的な会計制度における原価が生産性の評価に結びついていました。しかし、製造業は「売れて何ぼ」のビジネスです。多くの企業が完成品の在庫を膨大に抱えている現在は、製品が完成した段階で生産性を評価することには意味がありません。例えば、3カ月分の需要が見込まれる数を1ロットとして生産したとしましょう。この場合、3カ月に1度しか生産の機会がないわけです。しかし、3カ月先に売れる量を高い精度で予測できるわけがありません。結局、余分な在庫を持つことになり、それに伴ってリードタイムが延びてしまいます。ロットサイズを小さくすることによって、原価計算における原価が上がるので利益が減少すると思われるかもしれません。段取り替えが増えることも原価を増やす要因になると考える方もいるでしょう。しかし、多くの場合、改善によって段取り時間を半分に減らすことが可能です。在庫削減による財務的な効果が、それらを大きく上回るのです。
リードタイムを削減するためのロットのサイズの究極は1個です。売れた順に1個ずつ生産すれば滞留は起きません。この「1個流し」は、品質保証上もとても有利に働きます。不良が発生した際に工程間に大きな滞留があると、いつどの工程で出たものかが分からなくなります。1個ずつ流していけば、不良が発見された時点で工程を溯ると、どこで発生したのかを容易に特定できます。発生場所が特定できれば、原因追求が容易になることは言うまでもありません。さらに小ロット化が進んで毎日全品種を作れれば危機管理上も有利になります。これで、営業ともめることもなくなるでしょう。
受注生産では、リードタイムが短いことが競合他社に対する差別化要因になります。ただし、注文を受けたからといって喜んで、そのまま資材を投入してはいけません。ラインの状況を考えずに資材を投入すると仕掛品の山を築くことになるでしょう。ラインの中の総量を規制しておき、納期に合わせて完成するよう資材を投入することが求められます。言い換えると、お客様に渡す順番に完成するように仕掛ければ滞留をなくせます。鉄道に例えると、鈍行がなくなるので全てが急行になるのです。難しいことのように思われるかもしれませんが、料理の世界では当たり前のことです。一般家庭の奥様だって料理を出す順番を考えて食材を仕掛けているのですから、モノづくりのプロができないなんてことはありません。改善の継続が人財育成にリードタイムの削減には、現場や流れ、異常やムダを「見える化」するという大きな狙いもあります。現場が問題を見つけて改善を積み上げる、そして発想を変えて改革に取り組む。こうした活動が人財育成に結びつくのです。仕掛在庫を減らし続けることが改善の継続につながることを忘れてはいけません。
改善の継続こそが人財育成に
リードタイムの削減には、現場や流れ、異常やムダを「見える化」するという大きな狙いもあります。現場が問題を見つけて改善を積み上げる、そして発想を変えて改革に取り組む。こうした活動が人財育成に結びつくのです。仕掛在庫を減らし続けることが改善の継続につながることを忘れてはいけません。
もう一つ付け加えておきたいことは、売れる量よりも余分に作るのが最も悪いことだということです。足らんでつぶれた会社はありません。機会を逸しても儲け損なうだけで損はしないからです。一方で、機会を逃すことを恐れて在庫を作りすぎると大きな損失を招いてしまうことがあります。膨大な安全在庫を抱えることによって、問題点が見えなくなり、キャッシュフローが悪化して経営がおかしくなる例をよく見かけます。設備故障を防ぐための改善や修理時間を削減する改善が磨かれなくなるという弊害もあります。
また、余分な人間をラインに入れたままでは改善は進みません。改善のニーズがないところで改善が進むわけがありません。改善によって現場を「見える化」して常に問題を顕在化させる、そして問題を一つずつ改善して管理水準をレベルアップさせる――これを何度も何度も繰り返すことで組織の体質が強化され、人財が育成されることになります(図3)。常に困った状態をつくり、チャレンジを続けざるを得ないように仕向けていくことが管理者や経営者の役割なのです。これこそが人財育成に不可欠なことです。
データしか見ない奴が一番悪い
現在はIT(情報技術)化が進んだため、さまざまな指標を取れるようになりました。ただし、ここに落とし穴があります。指標の取り方を誤ったがために、現実が見えなくなるようなケースがあるからです。例えば、飲み屋の呼び込みをやっている人から「平均20代前半の女性が4人で接待しますよ」と言われた場合、幼子を抱えた2人の40代の女性が店で待っていても嘘にはなりません。要は、何を把握するために測定している指標であるのかを忘れてはいけないということです。
データを見たからといって、現場が分かったような錯覚に陥ってはいけません。データは、現場確認の動機づけだと考えるべきです。データが良くなっていたら「何でだ?」、悪くなったら「何でだ?」、よそと比べて負けていたら「何でだ?」と現地確認・現場確認をすることが大切です。これを象徴する大野語録があります。「データの読めない奴は話にならん。データで見れるようになっていない現場もいかん。データしか見ん奴が一番いかん」というものです。
安易に聞くな、安易に教えるな
自分の頭で考えろ
TPSを通して人財の育成に取り組む際には、すぐに答えを教えるのではなく、本人に気がつかせることが重要です。大野さんは「自分の頭で考えろ。安易に聞くな。安易に教えるな」という育成方針を貫いていました。
昔、私が大野さんから、とても難度の高い宿題を与えられた時の話です。何とか8割方が完了し、納期に間に合うめどが立った時に大野さんがやって来ました。私は褒められることを期待していましたが、大野さんの第一声は「いつまでモタモタやっているんだ、バカヤロー」でした。このとき反発心を覚えましたが、最後の詰めのところで大野さんが再び訪れて、残りの課題を解決するヒントをポンと置いて帰っていきました。最初は頭に来ましたが「最後まで見てくれていたんだな」と安心感を覚えました。今から考えると厳しい中にも「林を鍛えたい」という愛情があったように思います。これこそが、人財育成の真髄だと痛感させられました。
改善後は改善前
こんなエピソードもあります。私がある複雑な改善を成し遂げた際、大野さんに対して改善前と改善後の写真を掲げて説明したところ、無言で改善前の写真を破り捨てられました。その後、大野さんは壁にある改善前の欄に改善後の写真を貼り付けて帰ってしまいました。その光景を目の当たりにして、「しょうがない。また、やるしかない」と奮い立ったことを覚えています。大野語録にも「前日に自分がやった改善を翌日見て腹が立ったら一人前だ」というものがあります。
大野さんと鈴村さんに教わった人財育成の最も重要なポイントも大野語録にあります。それは「知識を与える前に意識を植え付けろ」というものです。問題解決にあたって、大野さんと鈴村さんから手段や方法を教わったことは一度もありません。その代わり、現地現物によって自分で解決策を編み出すという意識や習慣を学びました。当時はイジメに遭っているとも思いましたが、今ではお二人をはじめとする先輩たちに、とても感謝しています。
こうした意識は一朝一夕に身に付くものではありません。知識は集合研修のように一対百でも一対千でも伝えることができます。しかし、意識は一対一で向かい合わないと伝わりません。改善せざるを得ない環境をつくって、その中で滞留を見つけて解消する取り組みを続ければ成果は必ず出ますし、その結果として人財が育成されるのです(図4)。これを経営幹部が意識することが、とても重要です。(了)