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Vol. 009

事例

埼玉県(西部環境管理事務所)

産業廃棄物処理業者の適正処理を確認するために定期的な立入検査を実施しているものの、同じ違反が繰り返される「イタチごっこ」になってしまう場合もある。職員のモチベーションが下がる懸念もある。納税者のためにも、この状況を打開したい…

こんな時、あなたならどうする?

官民連携で産廃処理業者の「違反ゼロ」を目指す

処理業者の法違反を防ぐための活動を展開する埼玉県西部環境管理事務所。定期的な立入検査を実施しているものの、イタチごっこのような状況への抜本的な解決方法を模索していた。この状況を打開する妙案を「行マ研」のメンバーが提案。これが全県規模の施策へと広がりつつある。

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 3K職場(きつい、汚い、危険)というイメージが残る産業廃棄物処理業を環境に貢献する産業へとステージアップする――。これを標榜した事業を県と埼玉県環境産業振興協会が官民連携で展開中だ。現場で処理業者の規制業務を担当する埼玉県西部環境管理事務所が2019年9月から、処理業者が廃棄物処理法に反する件数をゼロにすることを目指して、過去に類を見ない革新的な取り組みを開始した。



 都道府県等は処理業者が通常行っている処理状況を確認するために立入検査を実施し、違反が見つかれば指摘して是正されたことを確認している。埼玉県の環境部に所属する伊原洋輔氏は、この状況を次のように説明する。


「比較的軽度な保管量や保管場所などに関する違反が多く、指摘するとすぐに是正されるのですが、是正が一時的で同じ違反が繰り返される場合もあり、対応に頭を悩ませていました」



法違反ゼロを目指して方針転換

 イタチごっこのような違反が一向に減らない状況を打開するために、西部環境管理事務所は新たな施策を打ち出す。処理業者に対する姿勢を、これまでの「違反をなくすために指導する」というものから「違反が起こらないように支援する」というものに180度転換した「産廃業者から環境産業へのステージアップ支援」である。


 支援メニューの一つとして、処理業者の顧客である排出事業者に留意してもらうべき点を明記したチラシを県と処理業者が連名で作成して配布する。各処理業者の要望に合わせて、チラシの内容を変えていることが大きな特徴で「県の後ろ盾をもって説明できる」と好評である。


 この施策を提案したのが、伊原氏が副理事長・事務局長を務める「NPO法人全体最適の行政マネジメント研究会」(行マ研)の有志メンバーである。同研究会は、改革の問題意識を持つ志ある人たちのネットワークづくりのプラットフォームとして立ち上げられた組織。全体最適のマネジメント理論である「TOC(Theory Of Constraints=制約理論)」を活用し、「お金を使わず、知恵を使って」を合言葉に、行政の参加者が抱えている現実問題を、行政と民間の参加者が垣根を越えて解決策を導き出している。この活動を通して、世界最先端の知識体系と実践力を身に付けている。


 行マ研のメンバーは「ゴールドラットスクール」を受講する中で新たな施策を生み出した。このスクールは、進化し続けるTOCの知識体系を深く学びたい人々のために、ゴールドラットグループ本国で実施しているセミナーの日本版。伊原氏を含めた4人のメンバーが「チーム行マ研」として、2019年8月に新たに開講された「TOCブレークスルーマネジメント」に参加した。

スクールを受講した「チーム行マ研」のメンバーと講師。(左から)熊澤晶氏(勤務先はソフトバンク)、竹ノ下知子氏( AJS )、講師を務めた西誠(ゴールドラットジャパン)、伊原洋輔氏(埼玉県)、伊藤広達氏(LIXIL)


「7つの誘惑」を乗り越える

 このコースは、米国ユタ州政府の全ての組織において、25%以上の生産性を上げると同時にコストを削減し、納税者のための改革を進めたことで、全米の行政改革のアワードを得たクリスティン・コックス氏とゴールドラットのイシャイ・アシュラグ博士が設計。行政だけでなく、あらゆる業種において「改革が進んでいるという幻想」を抱かせて組織をダメにする「7つの誘惑」を解消するシンプルなソリューションを学ぶプログラムが提供されている。チーム行マ研は、ここで埼玉県の産業廃棄物処理業の問題を取り上げることにした。チーム行マ研の竹ノ下知子氏は、誘惑の一つである「もっとお金を」からの学びを次のように語る。

図1●組織をダメにする「7つの誘惑」

「これまでは改革を進めるには新たにお金が必要だという思い込みがありました。しかし、お金を使わずに知恵を使えば既存のリソースでも成果が出せることに気づきましたし、実際に今回の取り組みではそれを実現できたと考えています」


 7つの誘惑を学んだ後に、活動の目標(ゴール)を設定する。チーム行マ研は、これまでの取り組みのゴールを「年に1回産廃業者に立入検査をする」ことだと内向きのものだったと分析した上で、新たなゴールを「産廃業者のイメージが変わり、住民に喜ばれている」という外向きのものに変えた。さらに、ゴールにつながるパフォーマンスターゲットとして「法違反ゼロ」「全ての産廃業者が地域貢献している」ことを掲げた。


 ただし、このゴールが簡単に設定できたわけではない。チーム行マ研の熊澤晶氏は、次のように振り返る。


「全てのステークホルダー(利害関係者)に対して恩恵があるような高い目標を、誰にでも分かりやすいように言語化することが求められるのですが、簡単には決まりませんでした。最終版にたどり着くまでに3回ほど作り替えています」

図2●ゴール(目標)とパフォーマンスターゲットを決める


悪循環を特定する

 次に、具体的な改善活動として何に集中すべきか(フォーカルポイント)を明らかにするために「ゴール達成を妨げている悪循環」を描いた。現状の「望ましくない事象(UDE:Undesirable Effect)」を付箋紙に書き出して、それらがどのように関係し合っているのかの因果関係を分析するのだ。この分析によって「行政は違法行為を指摘するだけ」というUDEを解消することで悪循環を断ち切れるのではないかと予測した。


 フォーカルポイントを解消すれば、全てのUDEを「望ましい事象(DE:Desirable Effect)」に転換することが可能になる。例えば「違法状態を是正することに業者のリソースが割かれる」というUDEは「業者はイメージアップに注力できる」というDEに、「どうやれば法律を守りながら儲けられるか分からない」というUDEは「地域貢献することで法律順守も収益も上がる」というDEに転換できる。これによって、これまでの悪循環が好循環に生まれ変わるのだ。


 具体的な行動に落とし込むために活用したツールが「クラウド(正式名称はエバポレーティング・クラウド=蒸発する雲)」だ。クラウドはTOC思考プロセスで使用するツールで、対立をウィン・ウィンの関係で解消するためのロジック図である。

図3●チーム行マ研のメンバーが特定した悪循環とフォーカルポイント


クラウドで対立をあぶり出す

 クラウドの構造はシンプルで「A:共通目的」「B:要望」「C:要望」「D:行動」「D':行動」という5つのボックスで構成する。この5つのボックスで対立が起きている構造を明らかにして解消策を考えていく。


 ボックスDとD'には対立した行動を書き込む。次に対立した行動に共通する目的を考えて、ボックスAに書き込む。真ん中のボックスBにはDの行動で満たしたい要望を、CにはD'の行動で満たしたい要望を書き込む。


 こうして明らかになった対立構造に対して「D'とBの対立を解消する」「DとCの対立を解消する」「DとD'の対立を解消する」「BとCを満たす第三の妙案を考える」という4つの視点で問題の突破口を見つける。対立しているのは手段であるDとD'のみで、共通目的はもちろんのこと、要望は対立していないどころか、両立すべきものである。対立構造の中に潜んでいる「思い込み」を解消することで新しいインジェクション(解決策)が見つかるのだ。


 チーム行マ研は、クラウドを活用して「業者自らが法律を守り地域貢献することを支援する」というインジェクションを導き出す。これまでの規制から支援へと180度転換した妙案である。


 ゴールの設定や悪循環の特定、クラウドの作成は、セッション1の宿題だった。チーム行マ研のメンバーのそれぞれが本業の勤務後に集まって議論したという。最後には、メンバーの勤務先の会議室で夜の11時近くまで議論して宿題を完成させた。


 特に完成までに長い時間を要したのがクラウドだという。最初に作成したクラウドでは、行動のボックスDに「業者と一緒に問題解決する」、その要望としてボックスBに「業者が環境保護の取り組みをできるようになってほしい」と書き込んだ。一方、対立する行動のボックスD'に「今まで通り立入検査する」、その要望のボックスCに「業者に法律を厳守させ住民を安心させたい」と書き込んだ。


 しかし、チーム行マ研のメンバーは腹落ちしなかったという。伊原氏は「当初は環境保護の切り口を前面に出していたのですが、処理業者の視点で考えると違うなと感じました」と語る。試行錯誤の上でたどり着いたのが「取り締まる」と「支援する」という対立の構図だった。チーム行マ研の伊藤広達氏は、今回の取り組みを体験して、自身の仕事に対する姿勢が変わったとして次のように説明する。


「ビジネスパーソンであれば誰しも、取引先や部下などを監視・管理しなければならない場面がありますよね。そのような時でも、今では常に『何か相手を助けられることはないか』ということを考えて仕事を進めています」

図4●チーム行マ研のメンバーが描いたクラウドと導きだしたインジェクション


処理業者の立場で問題を解決

 伊原氏は2019年8月に西部環境管理事務所の所長から、新たな取り組み方針の承認を受けると翌月、すぐに行動に移す。処理業者を訪問し、困りごとを聞いて回ったのだ。


 すると、処理業者が口々にする困りごとは、顧客である排出事業者に関するものだったという。「この仕事を受けると法律違反になることを伝えても聞いてくれない」「排出事業者が分別してくれない」といったように、排出事業者責任の不徹底と顧客優位の力関係が法違反の根底にあった。行政による定期的な立入検査では法違反をゼロにできない、業界にはびこる長年未解決の課題が明らかになったのだ。


 ただし、処理業者も手をこまねいていたわけではない。法律を順守することを排出事業者に求めていた。「行政もアプローチしてほしい」といった声もあった。そこで、県と処理業者が連名で周知のためのチラシを作成し、排出事業者に配布することを提案。これにより、処理業者が行政と連携して法律順守を周知する立場に変わり、意識向上やイメージアップを期待できる。


 チラシは、処理業者の要望によってカスタマイズできるようにした。処理業者によって扱っている産廃の種類が違うし、排出事業者に強調したいポイントも異なるからだ。ただし、チラシの下部に処理業者と埼玉県の名前が横並びで掲載されている点は共通だ。2020年5月までに6つの処理業者と協業して合計で約600枚を配布したという。

図5●チーム行マ研が新しい施策を立案した際のリスキー・プレディクション


「全国にも広がっていってほしい」

 処理業者からも高い評価を受けているという。伊原氏の異動後も西部環境管理事務所で、この仕事を引き継ぎ取り組む大野拓氏は処理業者との関係を次のように説明する。


 「私たちが一方的に規制する立場だったのを支援というメニューを加えたことで、以前よりも深いコミュニケーションがとれるようになりました。処理業者からは『連名のチラシを活用してから排出事業者に話を聞いてもらえることが増え、不適切な搬入が減少した』という声も聞いています。一緒に協力して業界を良くしようと考えるような関係を築けたと思っています」


 県外からも高い評価を受けている。都道府県がそれぞれの先進的な取り組みを提案・共有しあう、全国知事会の「先進政策バンク」に登録された。全国的な業界紙『循環経済新聞』の一面や産廃処理の専門誌『INDUST』の特集記事にも取り上げられている。

大野 拓 氏:埼玉県西部環境管理事務所で伊原氏とともに処理事業者の支援に取り組み、今も同事務所に所属して支援事業を広げている

 西部環境管理事務所が成果を上げたことで、埼玉県では県内にある他の6つの環境管理事務所にも同様の取り組みを広げ始めている。一つの事務所の現場職員の行動が、全県規模のイノベーションに結びつきつつある。伊原氏と大野氏は「日本全国にも広がっていってほしい」と期待を寄せる。(了)

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