Vol. 011
講演レビュー
アンドリュー・ブッシュ 氏(米国防総省 国防兵站局 元長官)
米国防総省で改革を率いる役職に。若いころは、個々の問題に自ら対策を打つことで成果を上げることができた。しかし、職位が上がると立ち行かなくなった。巨大な組織では、これまでの手法が通じない…
こんな時、あなたならどうする?
目覚ましい成果を生み出すリーダーの3つの役割とは
同じような改革に取り組んでも、すぐに目覚ましい成果が出る組織と成果が上がらない組織がある。この違いはリーダーシップに起因している。米国防総省という巨大な組織で目覚ましい成果を上げたアンドリュー・ブッシュ氏が「TOCリーダーシップ・プロセス」を解説した。
最初に、改革に取り組む際のリーダーシップの重要性について、エリヤフ・ゴールドラット博士がどのように考えていたかを紹介しましょう。博士は、自身の経験から「現場のモチベーションが上がらない根本的な原因は『不調和の源泉』があるからだ」と語っていました。
追従者の意識を変える
図1のグラフを見てください。縦軸がモチベーション、横軸が時間です。赤と緑の曲線は、組織の中で働く2種類の人を表しています。赤い曲線は「問題解決者」、つまり変化を起こすための仕事に喜んで取り組む人たちです。課題が大きいほど彼らのモチベーションは上がります。一方の緑の曲線は「追従者」です。悪い人たちではありませんが、安定と現状維持に価値を見いだしています。何らの理由で持っている力を十分に発揮できていない人たちです。
改革のリーダーは、右上の三角形の領域で仕事をするということです。赤い曲線の「問題解決をしてくれる人たちだけと働きたい」というぜいたくは許されないのです。リーダーにとっての課題は、追従者の意識と行動を変えることです。
ゴールドラット博士は、追従者は不調和の源泉の中で仕事をしていることが多いと分析しています。博士は、不調和の源泉として①自分がしていることが組織にとって、どれほど必要かが分からない、②同僚のしていることが組織にどれほど必要かが分からない、③人は対立の中で仕事をしている、④責任と権限の間の隔たり――という4つの要因を掲げています。リーダーは、この不調和の源泉を解消することに集中することで、目覚ましい成果をもたらせるのです。
私の空軍での経験を基に、どのように目覚ましい成果を生み出したかをお話ししましょう。着任して最初の1カ月は問題点の把握に努めました。悪い部分があちこちに目につき、それぞれに対策を打ちました。若いころは、それでうまくいっていたのです。しかし、職位が上がるとそうはいきません。大きな組織では個別の対策を打つだけでは立ちゆかなくなります。
そのときにTOCに出会い、TOCのツールを使うことで課題が一つに集約されたのです。不調和の源泉の解消に集中することで追従者をリーダーの領域に引き上げ、大きな成果をもたらすことができたのです。改革がうまくいった理由を考えると、リーダーが3つの役割を果たすことが重要であると思い至りました。これから説明する「TOCリーダーシップ・プロセス」は考え方であって、個別の処方箋や設計図ではありません。組織を率いていく際にきちんと考えるための原則なのです。
2つの改革で目覚ましい成果
これからの話をご理解いただくために、私の経歴に少し触れます。私は38年間、米国防総省(空軍)に在籍していました。空軍の司令官として12年務め、SCM(サプライチェーン・マネジメント)と航空機の整備オペレーションを担っていました。この間にブレークスルーを起こした2つの事例を紹介しましょう。
一つ目は、空軍の少将になり立てのころの話です。このとき、私は航空機のMRO(メンテナンス・リペアー・オーバーホール)という重責を担っていました。7500人の組織で4種類の軍用機体を手がけていました。それらの中でも「C-5」という戦略輸送機の保守が大きな問題になっていました。C-5は米空軍で最大の機体であり、MROを実施するために組織のおよそ10%の人員が割かれていました。110機のC-5があり、それぞれを7年周期で保守します。問題は、部隊に約束した260日の納期に対して、実際には340日かかっていたことです。仕掛かり中の機体は14機まで増え、保有機体全体の13%に及びました。
作業現場がどうなっているかを現場で調べた結果、MROにありがちな、あらゆる問題が見つかりました。これを解決するために導入したのが、TOCの知識体系に含まれる「CCPM(クリティカル・チェーン・プロジェクト・マネジメント)」です。この結果、数々の目覚ましい成果をもたらしました(図2の上を参照)。
もう一つの事例は、4500人の職員を率いたSCMの改革です。過去3年間の状況は悪化傾向で着任後6カ月は改善しませんでした。未入荷件数は78%増加。購買要求の未処理件数は72%増加していました。この改善のために導入したのが、TOCの知識体系に含まれる「DBR(ドラム・バッファ・ロープ)」です。ここでも、数々の目覚ましい成果を上げることができました(図2の下を参照)。
リーダーが集中すべき役割とは
私の組織が目覚ましい成果を上げた要素は、リーダーシップを発揮する上で重要な3つの役割です。それは「惰性を打ち破ること」と「方向性を合わせること」、そして「組織をやる気にさせること」です。リーダーが集中すべきは、この3つなのです。
図3は、組織図を表す三角形です。私たちは皆、階層構造を持つ組織の中で働いています。誰かが上に立ち、その下にピラミッド構造ができています。この構造を三角形で表現しています。リーダーが惰性を打ち破る際には、左側の三角形の赤い印の場所に自らを位置づけないといけないのです。追従者に対してはより良い仕事の進め方があることと示し、問題解決者には方向性を示さなければいけません。
真ん中の三角形が、リーダーに求められる2つ目の役割と視点です。組織で働く人の方向性を合わせることに取り組みます。自分が実現したいことに反対しかねない関係者に対してもウィン・ウィンの解決策を作らなくてはいけません。
私は、10万人規模の大きな組織の一部を構成する5000 ~ 1万人の組織のトップでした。組織全体に号令をかけるような力は持っていません。そこで、私と同じような問題を抱えている人や協力できる可能性のある人と方向性を合わせること、ITや人事、財務などの本部の間接部門と方向性を合わせることに多くの時間を割きました。目覚ましい成果をもたらすためには、関係者を味方に付けることが不可欠です。
3つ目のリーダーの役割と視点は、右側の三角形のように組織図をひっくり返して考えます。部下をやる気にさせるためには、彼らに奉仕する気持ちが必要だからです。そのためには、自分自身を最下層に位置づけ、謙虚に対応することが必要です。
惰性を打ち破る
先ほどの事例を使って、3つの役割をもう少し掘り下げてみましょう。1つ目は惰性についてです。ここで、ゴールドラット博士が惰性の問題を取り上げた言葉を引用したいと思います。博士は「どのように私を評価するか教えてくれれば、私がどう行動するかを教えましょう」と言いました。これは、あなたがどう評価し、どう計画し、どう進めるかを部下にどのように伝えるかということです。
惰性を打ち破るために、まずはTOCでビシャスサイクル(悪循環)を特定するツールを使います。どんな問題があるか、何がその問題を解決するのを妨げているかを考えるのです。
図4が、SCMの改革におけるビシャスサイクルです。改革を成功に導くには、このビシャスサイクルを断ち切るための解決策が必要でした。選択肢は2つでした。1つ目は、既存の評価指標に基づいてプレッシャーをかけ続けることです。しかし、半年たってもうまくいきませんでした。2つ目が、より良い方法を見つけられると思うことです。そして、私たちはDBRを見つけました。ただし、課題もありました。それは、追従者を巻き込むことでした。
まず、新しいことに安心して取り組めるようにするため、相手を萎縮させないように問題を指摘することでした。次に、現在の方法では達成できないような高い目標を設定することが必要でした。大規模で官僚的な組織では、問題を見つけると「今年2%改善し、来年も2%改善します」と言いがちです。しかし、この目標では低すぎます。未処理件数を15カ月分から4カ月分に減らすという高い目標を掲げました。威圧的ではない方法で周囲を巻き込むためには、実現可能な高い目標を掲げることが非常に重要でした。
方向性を合わせる
リーダーの2つ目の役割は方向性を合わせることです。MROの改革では、関係者は私と同列か1つ上の職位の人でした。CCPMを導入することに対して、ITや人事、財務などの間接部門の職員が懸念を抱きました。部隊も部下も懸念を抱きました。私が高い目標を掲げたからです。部下も不安でした。私が正気じゃないと思ったのです。私は、それらの追従者を説得しなければなりません。似た問題を抱えていた同僚にも関わってもらうことで解決の糸口を見つけたかったのです。抵抗勢力や自己防衛の行動をとる人も巻き込まなければなりません。
さて、どんなプロセスが必要でしょう。各ステークホルダーと個別の合意を得るのも一つの選択肢ですが骨が折れる上に、望む結果が得られないかもしれません。もう一つの選択肢は、私が属する組織よりも大きな組織を横断的につなげ、個別ではなく組織全体の方向性を合わせ調和を作ることに注力することです。なぜなら、誰も整備日数を超過させ続けたいわけではないのです。CCPMの成果を高めるウィン・ウィンの解決策を作る努力をしなければなりません。
このプロセスを実行するに当たって、直属の上司の賛同とサポートを得ることが重要です。起こそうとしている変化に上司が納得しているかをしっかりと確かめなければなりません。
そして、開かれたコミュニケーションとパートナー作りに時間をかけるべきです。なぜなら、上級幹部でも同僚でも、それぞれに関心事があるからです。その人たちが解決策の一端を担えるように巻き込む必要があります。
この際に対立を避けて通ることはできません。重要な対立を放置せず、最優先で取り組まなくてはなりません。待ったなしであること、そして妥協は解決策をダメにすることを肝に銘じておかなくてはいけません。
組織をやる気にさせる
リーダーの3つ目の役割はモチベーションです。私はサーバント・リーダーシップを重要視しています。みんなに謙虚な姿勢で働きかけ、成果を生み出してもらうという視点です。
ゴールドラット博士は、人に関する哲学を述べています。①人は善良である、②全ての対立は取り除くことができる、③どんなに複雑に見える状況でも実は極めてシンプルである、④どんな状況でも著しく改善することができる、限界なんてない、⑤どんな人でも充実した人生を手に入れることができる、⑥必ずウィン・ウィンのソリューションがある――という6つです。これらの哲学は、大きな変革に取り組む場合に部下をやる気にさせるための基本的な考え方を正確に要約しています。
MROの例に戻って「やる気にさせる」という観点から見てみましょう。従来は従業員に多大なプレッシャーをかけていました。従業員を管理する個別の評価尺度に目が向いていたのです。このため、マルチタスクに陥り、従業員たちはアタフタと走り回って不十分な整備を引き起こす行動をとっていました。彼らは、なぜ自分たちがこの仕事をやっているのか、何を求められているのかが分かっていないのです。この結果、問題がさらに積み上がり、組織から孤立することになります。
この改革の妨げになっている思い込みは、従業員は評価されず、単なる駒として扱われていると感じていることです。この思い込みを解消するために、一体感を醸成することに注力することにしたのです。このためには、部下に奉仕する必要があります。追従者を動機づけ、気にかけていることを知ってもらう必要があります。
これを実現するために、共感を伝えるプログラムの普及に注力しました。とはいっても、4500~7500人の大所帯です。全員の顔は分かりませんし、会うチャンスもありません。そこで、課題を抱えている従業員には適切なプログラムを紹介することに注力しました。
問題は、こういったプログラムが人事部任せになっていたことでした。リーダーとしての課題は、従業員に共感して彼らが自らの価値を感じられるようにすることです。つまり、リーダーの働きかけによって、従業員が元気を取り戻し、組織のために良い仕事をしてもらえるようにしたいのです。既にあるプログラムを利用して、職員たちの共感をうまく育むことができました。
仕事を任せるとともに、権限も与えることも必要です。これは一番難しいことです。追従者たちと成果を出すには、仕事を任せ、権限を与えることがとても重要なのです。(了)