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Vol. 013

講演レビュー

エリ・アブラーモフ 博士

経営環境が激変する中で勝ち残るためにイノベーティブな製品・サービスの開発に着手したものの、期待したような成果が出ない。打開策としてイノベーションに専念する部署の新設など手を尽くすが、一向に成果が上がらない…

こんな時、あなたならどうする?

自由と統制を両立させてイノベーションを創出する

現在、大半の企業がイノベーティブな製品・サービスを生み出すことに腐心している。しかし、成功する企業はほんの一握り。「イノベーション大国」であるイスラエルで広範囲にわたりイノベーションを促進する基礎を創り上げてきたエリ・アブラーモフ博士が、自身の知見を披露した。

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ゴールドラットジャパンが主催する「TOCクラブ」で講演するアブラーモフ博士

 今日は、私がこれまで経験してきたイノベーションについての知見をお伝えしたいと思います。企業の中で、どのようにイノベーションを起こしていけばよいのかを日本の皆さまにご理解いただけることを願っています。



実現可能性を示すことも必要

 最初に、イノベーションとは何かを説明しましょう。アップルのiPhoneは2007年に初代の製品が登場して以来、大きな進化を遂げています。サイズが小さくなったり、画面が大きくなったり、画素数が増えたり、機能が豊富になったりと、さまざまな側面で改善が進みました。


 しかし、これらの変化はイノベーションではなく、あくまでも改善です。改善とイノベーションは全く異なるものです。


 これに対して、スマートフォンに至るまでの人間のコミュニケーション手段を考えてみましょう。手紙を人が運ぶことから始まり、伝書鳩、モールス信号、固定電話、そしてスマホへと変化してきました。この変化こそがイノベーションです。伝書鳩は、人が運んでいたものを鳩に運ばせようと最初に思いついた人がいて登場しました。当時、鳩が手紙を運べるという現実はどこにもありませんでした。ゼロから、このアイデアを思いついたわけです。


 ただし、新しいアイデアを思いつくだけでは不十分です。次に考えることは、どうやって実行するかということです。


 伝書鳩の例では、手紙を運んで戻ってくることを鳩にトレーニングしなければなりません。いくらイノベーティブなアイデアが浮かんだとしても、それが実現できるとは限りません。新しいアイデアを思いついた上で試行によって実現可能であることを示すことがイノベーションなのです。



イスラエルが成功した要因とは?

 イノベーションを成功に導くためには、創造力と組織力という2つの要素が欠かせません。一見すると相反するものかと思われるかもしれませんが、成功するイノベーションには同時に必要なのです。まずは、創造力の話をしましょう。


 私の母国であるイスラエルは「イノベーション大国」と呼ばれています。世界経済フォーラムの調査によると、イスラエルはイノベーションランキングで137カ国中3位となっています。人口当たりの起業率が世界一高く、1600人に一人の割合で起業されています。もちろん、この中にはゴールを実現できなかった起業も含まれていますが。


 こうして起業された企業は、M&A(合併・買収)という形で海外に輸出されています。最近ではインテルやマイクロソフト、フェイスブック、グーグル、オラクルなどの大企業が相次いでイスラエルの企業を買収しています。


 イスラエルでイノベーションが盛んなことには理由があります。一つの要因が、政府からの援助です。単に補助金を出すだけでなく、補助のやり方もイノベーションを加速する理由になっています。スタートアップ企業が政府からの支援を受けるときには、補助金と同額を投資してくれる民間企業を探さなければいけないのです。


 2つ目の要因は、日本にはない移民政策です。1948年にイスラエルが独立したときに人口は50万人にも満たなかったのですが、今では約900万人になっています。世界中のさまざまな国・地域から、さまざまな文化や教育、ノウハウを持った人たちが移ってきたのです。多種多様な知恵や文化が一つの組織の中で融合したことが、イノベーションを起こす手助けとなったのです。


 次に重要な要因は、イスラエルの国防軍です。イスラエルでは男女ともに18歳になると兵役に就く義務があります。イスラエルの周辺には、私たちをあまり好いていない国があります。小さな軍なので、イノベーティブなことをやっていかなければ国を守れません。国民がみんな、イノベーティブに考えざるを得ない状況なのです。軍の中には「8200部隊」と名付けられたエリート集団がありますが、この中からは300以上のスタートアップ企業が生まれました。



たった一つの資源が人材

 もう一つ、とても重要なのが私たちの文化です。ユダヤ人は何世代にもわたって世界中に離散してきました。最近では、ユダヤ人がイスラエル国内よりも国外の方が多いような状況です。


 国外に散らばったユダヤ人は、それぞれの国でマイノリティー(少数民族)になっています。マイノリティーになると、ものすごく努力をするようになります。私自身もポストドクターとしてカナダに2年滞在していたときには、がむしゃらに頑張りました。ラボに夜遅くまで残ったり、休日に行ったりしていましたが、そこには現地のカナダ人はいませんでした。そこで見かけたのは、日本人の同僚だけです。


 次の要因は、ユダヤの伝統です。ユダヤの伝統は、神と聖書への強い信仰が土台になっており、規律を重んじます。規律の解釈とその適応に長じている点もイノベーションを起こすことに貢献しています。聖書は何千年も前に書かれたもので内容は漠然としており、さまざまに解釈できます。これを解釈するために、学び続けることや視野を広げて議論することにも重きを置いています。


 ユダヤ人のリーダーたちは、自分なりの解釈を議論したり、書き残したりすることで、ほかのリーダーたちとコンセンサスをとることを繰り返してきました。議論する際には、なぜ自分はそう思うのかという理由を示さなければなりません。このため、議論する際にはとことん考える習慣が身に付いているのです。


 このような文化や伝統を持っている人材が、イスラエルの資源ともいえます。国土が狭く、いかなる天然資源も存在しないイスラエルにとって、たった一つの資源が人材なのです。



自由な環境が不可欠

 イスラエルの元大統領でノーベル平和賞を受賞したシモン・ペレス氏は、国民に対してイノベーションを起こし続けることの重要性を訴えてきました。自身の著書『Start-Up Nation: The Story ofIsrael's Economic Miracle』の中でイスラエルがイノベーション大国になった理由を次にように書いています。


天然資源に恵まれないイスラエル国民が大事にしてきたものは、自分たちが最も秀でているもの――知恵である。我々は創造力とイノベーションで不毛の砂漠を豊かな大地へと転換し、科学技術における新分野を開拓してきたのだ。

 イスラエルの初代首相になったダビド・ベン=グリオン氏も「(国土の半分以上を占める)砂漠を豊かな土地に変える者たちには無限の可能性がある」と語っていました。今では砂漠であったところで農業が行われたり、イノベーションセンターが建てられて研究開発が進んでいたりします。具体例を紹介しましょう。


 農業では、耕作に適さない大地、水の不足、さまざまな気候が入り交じっていることなどがイノベーションを促進しました。砂漠のわずかな水でも栽培可能な方法を開発したのです。水資源の効率利用も進んでいます。農業で使う水の60%以上がリサイクルされたものです。温室でもイノベーティブな技術が開発されており、世界中に輸出されています。


 イスラエルにとって乏しい資源である木と水を使う製紙業でもイノベーションが進んでいます。ハデラペーパーという製紙会社は、一滴たりとも水を工場の外には出さない技術を開発し、水資源の再利用と再生紙の世界的リーダーとなっています。


 イスラエル空軍は、世界的に見ても優秀な軍と見なされています。彼らの秀逸さは、ユニークな文化に支えられています。基地にいるときには厳しい規律や手順も決められており、もちろん階級もあります。しかし、パイロットが飛行中には階級は関係なくなります。パイロットは基地にいる人に対して、階級が上の人でも命令を下すことができるのです。


 もう一つ大切な要素がブリーフィングです。例えば、飛行訓練の後の反省会では階級は関係なくなります。どんなに偉い人がいても自分の意見を自由に言えます。改善し続けるためには、誰でも自由に発言できるという文化を築いているのです。


 これまでの議論から、イノベーションを起こすための学びをまとめると次の4つになります。


  • 動機がある(例えば、限られたリソー スで挑戦しなければならない状況)

  • 現状に課題を見つける(現状に満足しない)

  • 異なる視点を持つ(型にはまらない、新しい発想)

  • 異なる考えを受け入れる自由な環境(自由に議論する、上下隔たりなく)


 ただし、これだけでは不十分です。前述したように、イノベーションを成功に導くためには創造力だけでなく、組織力も必要になります。

図1●イノベーションを起こすためのシンプルなプロセス


組織力がなければ実現は不可能

 イノベーションとは単に新しいアイデアを思いつくことではありません。アイデアは最初の一歩にすぎません。これを実行に移すには組織力が欠かせません。まず必要なことは、イノベーションを正しい方向に集中させることです。


 ありがちな間違いが「何かイノベーションを起こそう」といって、本来は手段であるイノベーションを目的にしてしまうことです。これでは、お金やリソースが無駄になってしまいます。重要なのは、「価値」をうまくビジネスに転換させることです。顧客の役に立つと同時にお金を生み出せるようにしなければなりません。


 実行に移る前には、企業内外のステークホルダーの足並みをそろえることが求められます。あるマネジャーはこの方向、別の人は違う方向を目指しているような状態では実行できません。なぜ、そのアイデアが良いのか、どんなメリットがあるのかをトップに示すだけでなく、ステークホルダー全員に納得してもらわなければなりません。特に資金を提供する金融機関などは、どれくらいの利益が上がるかが理解できないとイノベーションから遠ざかってしまいます。


 実行段階では、イノベーションプロジェクトをいかにマネジメントするかを検討することが重要です。きちんと統制しなければ、せっかくのアイデアが台無しになってしまいます。


 現実には、新商品や新市場開拓への挑戦はうまくいかないことが多く、イノベーションへ向けた取り組みが失敗に終わるケースも少なくありません。次のような要素が失敗の可能性を高めています。


  • マイナーチェンジは市場に認識されない

  • 追加機能は顧客に活用されない

  • 斬新な変化は実行するのが難しく、しかも市場がついてこないことが多い

  • 今の資産(知識や知財)を新商品開発戦略に落とし込むことは難しい

  • 新しいイノベーションの開発サイクルは長く、費用もかさみリスキーでもある


 繰り返しになりますが、組織力がなければ自由な発想や創造力は無駄になります。アイデアを実行にまで結びつけるプロセスが必要なのです。せっかくドアが開かれても、その後にいくつもの壁があって何回も頭をぶつけてしまうのです。



「自由」と「統制」を両立させる

 ここからは、イノベーションを成功させるために日本企業に必要なことは何かを考えていきましょう。


 イスラエルが「イノベーション大国」と呼ばれているのに対して、日本は和と組織を重んじる「テクノロジー大国」だと位置付けられます。日本とイスラエルの異なる知性、その強みを融合させることで何が生まれてくるでしょうか。


 アップルのCEO(最高経営責任者)であったスティーブ・ジョブズ氏は、1999年の講演でソニーの創業者である盛田昭夫氏を称賛していました。盛田氏は著書『「NO」と言える日本』の中で、米国に追従するのではなく、独立してテクノロジーを生み出そうと提言していました。


 残念ながらバブル経済の崩壊で、このことは実現しませんでしたが、日本がイノベーションを起こして世界のトップに躍り出るには、海外からの知恵を閉め出すのではなく、思考を広げてあらゆるものを取り込むことが重要だと思います。


 ここまでの議論で「自由」と「統制」を両立させることがイノベーションの成功に欠かせないことを示してきました。しかし、現実には多くの日本企業が自由と統制の間を行ったり来たりしています。「自由にイノベーションを起こそう」と言って失敗すると統制に向かいます。そして数年後には、また自由になり、再び統制に戻ってしまいます。



プロセスに落とし込む

 こうした状況から脱却するためのシンプルなプロセスが図1に示したものです。最初の「製品やサービスを決める」段階では、企業の戦略と合致しなければならないので統制が欠かせません。みんなが自由に決めていたのでは、多くの時間とお金が無駄になってしまいます。


 次の「アイデアを生む」段階では、上下関係なく自由に議論することが必要です。失敗することを許す、もしくは失敗を促すことも大切です。でないと、小さな改善のアイデアしか出てこなくなるでしょう。


 「実行する」段階では、再び統制することが必要になります。プロジェクトのマネジャーには優秀な人材を就けることが重要です。これまで多くの企業で見てきた失敗では、アイデアを生んだ人をプロジェクトマネジャーに就けていました。しかし、ものすごいアイデアを生み出すとともに、プロジェクトをマネジメントできる人は皆無に等しいのです。


 「学びと改善をする」段階では、成功と失敗の中から学びを活用することで改善していきます。ここでは再び、上下の関係なく自由に発言できる環境が必要になります。この一連のプロセスを体系立てたものが、TOC(制約理論)の知識体系に含まれている「Eyes forValue(E4V)」です。


 私が日本企業の皆さんにお伝えしたいのは「イスラエルのやり方をまねしてください」ということではありません。イスラエルと日本の知を融合することによって、イノベーションを成功に導けるようになるということです。これは、日本にしかできないことなのです。(了)

図2●イノベーションを成功に導くためのリスキー・プリディクション

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