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Vol. 016

講演レビュー

三木 純一 氏 (元ローランド代表取締役社長CEO)

リーマン・ショックと東日本大震災後の経営危機の中でCEOに就任。短期間での大変革が不可欠だと考えてMBOで株式を非公開化。業績回復には革新的な新商品が必要だが…

こんな時、あなたならどうする?

「自分軸」で改革推進 6年ぶりの再上場を達成

経営危機の中でローランドのCEOに就任した三木純一氏。短期間での変革に向けて、就任翌年にMBOで株式を非公開化するが、業績を回復させて6年後に再上場を果たす。この復活劇を最前線で指揮してきた同氏が、変革を成功に導いた秘訣を解説した。

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ゴールドラットジャパンが主催する「TOC クラブ」で講演する三木純一氏

 私がローランドのCEO(最高経営責任者)に就いたのは2013年4月です。2008年のリーマン・ショック、2011年の東日本大震災の影響を受けて、当時のローランドは経営危機に陥っていました。この危機から脱するために2013年に経営陣が入れ替わり、このときにCEOに就きました。


 短期間で構造改革を実施するために、私たちは翌年の2014年にMBO(経営陣が参加する買収)を実施して株式を非公開化しました。そして世界中のメンバーの頑張りによって再び成長基調となった2020年、6年ぶりに再上場を果たすことができました。



MBOで会社を変革

 1972年に大阪で創業したローランドは、今では幅広い製品群を提供するグローバルな電子楽器メーカーとなりました。創業以来、業界初・世界初となるゲームチェンジャー商品を次々と打ち出すことで業績を伸ばしてきました。


 ソフトウエアとハードウエアの両面で高い技術力を持っていることがローランドの強みですが、これを支えているのがエンジニアたちの「アートウエア」です。これは、ミュージシャンだけが理解できるようなフィーリングやタッチ、レスポンスなど楽器ならではのアート感覚です。技術力とアートウエアの両輪が、他社に対する参入障壁の源泉となっていたわけです。


 「ブルーオーシャン戦略」というと格好いいのですが、要は誰も入ろうとしないニッチマーケットでナンバー1となり、プライスリーダーになる。これによって高い限界利益率を持つゲームチェンジャー商品を実現してきたのです。競合の方が聞くと驚くような少ないロット数でも、商品化にゴーサインを出すのがローランドのDNAかな、と思っています。


 順調に成長してきたローランドですが、リーマン・ショックの翌年から4期連続の赤字に陥ります。リーマン・ショックと東日本大震災の後、業界全体は回復してきたのですが、ローランドの売り上げはさらに落ち込み、2013年の経営陣刷新につながります。

図1● 業績の推移(売上高と営業利益)

 当時のローランドは東証1部に上場していましたが、私がCEOに就いた翌年の2014年にMBOを実施して、株式を非公開化しました。かなり大きなリスクをとったチャレンジだったのですが、資本と経営を完全に一体化させてスピード最優先で短期間に構造改革のカタをつけると同時に成長投資も行うというのが狙いです。


 このときに私たちが感じていたことは、良いものを安く売るだけでは勝負できないということです。価格競争では中国や韓国のメーカーはもちろん、日本の競合他社にもなかなか太刀打ちできないので、「価値」で競争をしなければならないということです。中国の越境EC(電子商取引)サイトを見れば分かりますが、日本のECで売られている商品と極めて似た性能・機能の商品が半値から5分の1程度の価格で売られていることもあります。



「自分軸」がイノベーションの源泉

 価値競争を勝ち抜くためには、イノベーションが不可欠です。ただ、日本企業の多くはイノベーションの創出を苦手としているところが多いように思います。日本が「失われた30年」に陥った要因はいろいろと語られていますが、企業がイノベーションを創出できなかった影響も大きいと思います。


 私は、ノウハウや方法論、技術の問題ではなく、トップに強烈な思いと覚悟があればイノベーションを生み出す組織への変革は実現できると考えています。これを象徴している例があります。ダイソンのベストセラー商品となった羽根のない扇風機です。一般の扇風機と比べると、とても高額な商品です。ダイソンは2009年に特許を出願していますが、ある日本企業がほぼ同じような特許を1981年に出願しています。しかし、この企業はこれを商品化するには至りませんでした。イノベーティブな商品は過去に類を見ないものなので「世の中に出すんだ」という作り手の強い思いと覚悟がないと商品化に至りません。私は、トップの強い思いの下で、それぞれのポジションの社員が覚悟を決めれば、日本企業の改革を実現できると思っています。


 改革を率いるリーダーに必要なことは「自分軸」です。「自分はどう思うのか」「どうしたいのか」「どうなりたいのか」「どうありたいのか」といったことを自分で決めて、自分で評価する生き方です。これに対して、世間体や人並み、人の評価や同調圧力を気にする生き方は「他人軸」です。日本では、他人軸の力がものすごく強く働いています。実は、これらは思い込みによる束縛です。他人軸を解き放ち、自分の思いの実現に向けて行動する人が増えてほしいと考えています。


 現在の私のモットーは「人の目を気にしない」「人と比較しない」「人のせいにしない」という3つです。最後の「人のせいにしない」というのは、「自分のせい=自己責任」という意味ではなく、「他人のせいにせずに今の自分にできる目の前のことに集中して行動し続ける」ことを意味します。人の目を気にしなくなるだけで、失敗を恐れない思い切ったチャレンジができるようになると思います。

図2 ●創業以来 、ゲームチェンジャーとなる商品を創造


失敗を称賛せよ

 イノベーションの創出には、従来のPDCAサイクルは機能しません。長期的な計画は役に立ちません。お手本がないので、手をかえ品をかえて試行を繰り返すことになるからです。仮説に基づいて最低限の機能をもったモデルを作って評価して、ここから学んだことから次の仮説を立てて、またモデルを作り直す。このサイクルを高速に回していくことが必要です。失敗を繰り返しながら、だんだんと成功に近づくようなイメージです。これを実現するには失敗を恐れない企業文化が欠かせません。


 最近では、イノベーション創出のために「失敗を受け入れよ」ということが語られていますが、海外のベンチャー企業には、「受け入れる」だけでなく「失敗を称賛せよ」という文化があります。もちろん、失敗そのものを称賛しているわけではなく、失敗から学べたこと、そして次への挑戦をたたえているのです。成果主義の影響もあって、日本には失敗を恐れる文化がありますが、失敗を称賛するようにならなければイノベーションの創出は難しいでしょう。


 マインドセットとして私が重視しているものをまとめると、次の3つになります。1つ目が「何かを待たずに、まずやってみる」。最も貴重なものは時間です。誰にでも平等に与えられている24時間の使い方の積み重ねだけで結果は大きく変わってきます。同じ時間の中で行動を通して蓄積したものの差を後から埋めることは容易ではありません。失敗を恐れる人は、たいてい何かを待っています。誰かがチャンスを与えてくれるのを待っていたり、失敗しないように知識や能力が付くのを、あるいはお金がたまるのを待っていたりします。そうではなく、そのときに自分にできることから行動を起こせば人脈もできるし、失敗経験から次々と学ぶこともできます。


 2つ目は「クオリティーよりスピード」です。ピカソやモーツァルトのような天才も多作です。たくさんの作品の中から名作が生まれているのです。とにかく作ってみて、世に問うことでフィードバックが得られます。どこが良くて、どこが悪かったかを学べるので、スピードを重視して量を増やすことで結果的にクオリティーも上がってきます。


 3つ目が「思い込みを書き換える」ことです。日本人の多くが「自分にはできない」「それは無理なんじゃないか」「失敗するのは嫌だ」といった思い込みを持っています。これらは「正解ありき」の時代遅れな家庭教育や学校教育で根付いてしまった思い込みだと考えています。でも自分軸を持てば、これらを書き換えることが可能です。


 サラリーマンは与えられた仕事を選ぶことは難しいですが、どんな仕事でも自分軸で「こうやるんだ」と決めることができれば、自分の仕事を自分自身で評価でき、いわゆるやらされ仕事はなくなり、どんな仕事からも何か学んで着実に成長することができると思います。簡単ではありませんが、できることから実行していくことが、自分軸を持つ第一歩となると思います。



見える化で戦略と行動を結びつける

 ローランドの改革で実際に私たちがどんなことに取り組んだかをご紹介しましょう。1つ目が「見える化」です。どんなことが起こると、どの数字が変わるのかという因果関係を知りたかったからです。目標を達成するためには、何をすればいいのかを明らかにしたかったのです。見える化した数字は全社員で共有しています。経営戦略に基づいたKPI(重要業績評価指標)を設定することで、現場の行動と戦略を一致させることが可能になります。


 その一例として、商品ごとの限界利益を四半期ごとに算出し、経営にどれだけ貢献したかを管理しています。その結果、全体の99%の限界利益を約3分の1の商品で稼ぎ出していることが分かりました。残りの3分の2は、1%程度の貢献しかなかったのです。原価計算上は大赤字の商品が、限界利益額ではトップ20に入っているというケースもありました。どれが実際にキャッシュを稼いでいる商品なのかが一目で分かりますし、いろいろな手が打てるようになりました。また、見える化の一環として、目標やビジョンを言語化することにも取り組みました。


 TOC(制約理論)の知識体系の一つであるイノベーションプロセス「Eyesfor Value(E4V)」で、10年後のありたい姿を描いた「WOW!カタログ」(未来を想定した仮想カタログ)をつくったのも見える化の一環です。どんな会社、どんな部署になりたいのか、どんな製品・サービスのラインアップを実現したいのかなど、夢を具体的なイメージに見える化すると、そこへの道筋が見えてきます。例えば「音楽教室に通わなくても楽器が弾けるように、AIによるオンラインのパーソナルレッスン」といったものです。ここで出てきた様々なアイデアは、クラウドベースのプラットフォーム「Roland Cloud」に盛り込んでいきたいと考えています。ハードウエアプロバイダーからソリューションプロバイダーに変革するという目標も掲げました。


 見える化に関する取り組みでは「TOCスループット会計」を導入したことも経営に大きく貢献しています。コロナ禍で部品のスポット価格が50 ~100倍になったときの話です。通常なら購入を諦めるところですが、スループット会計で計算すると付加価値の高い商品では高額な部品を使っても利益(スループット)が計上できることが分かり、部品の購入を即断即決しました。


 2つ目が「TOC」です。先ほど説明したE4Vやスループット会計のほかにも「CCPM(Critical Chain ProjectManagement)」(全体最適のプロジェクトマネジメント)を導入しています。中でも「WIPボード」(停滞しているタスクを見える化し、助けられる人から支援を得て手遅れになる前に手を打つなどの機能を持つツール)が人材育成やコミュニケーションの側面で大きな効果を上げました。WIPボードやCCPMで問題が見つかると、その人を積極的に支援して滞留を取り除き仕事の流れを加速させるような風土が醸成されてきました。


 TOCも私たちにとっては、プロジェクトや一人ひとりの業務とその課題のリアルタイムの見える化だったわけです。特にリモート環境では、日報や週報、進捗会議よりはるかにスピーディーで生産的な効果を生み出します。同時に、各自が確実に成長できるので、リーダーにとってこれほどのマネジメントツールはないと思っています。


 また、従来は新人に対して簡単な業務を教えながら中堅社員がOJT教育を施していたのですが、今では入社後すぐの新人たちが製品開発を担っています。ベテランのメンターがWIPボードで問題が大きくなる前に拾いに行くので、即座に支援を受けられるようになったからです。これは新人研修がコストセンターからプロフィットセンターへ変わりうることを意味しています。


 3つ目が「ガバナンス」です。再上場のために、ガバナンスは極めて重要な課題でした。ガバナンスの問題は、私はトップの人事を替えられるかどうかにつきると考えています。日本企業の場合、ガバナンス上の事案が発生する要因のほとんどが、経営陣の保身か暴走のように感じています。


 企業経営で重要なことは、アクセルとブレーキをバランスよく操って、トラブルなく速く走ることです。多くの日本企業ではアクセルが経営陣、ブレーキが監査役や社外取締役と別の人が担っているように見えます。しかし、クルマの運転、特に先が分からないラリーなどのレースで他者と競っている場合ではあり得ない状況です。


 監査役や社外取締役はブレーキではなく、助手席でナビゲーションや先を照らすヘッドライトの役割を担うべきです。この先の道路の状況を示して、それに基づいてトップがリスクを勘案してアクセルやブレーキ、ハンドルを同時に操作する。コースアウトしたり、クラッシュしない範囲で、コントロールできるリスクを取って誰よりも速く先頭を走るチャレンジをすることがイノベーションを生むのだと思います。これを実現するために、ローランドでは社外取締役の人数を増やしました。


 私は、会社が危機的な状況に陥らない限り、経営トップは積極的にリスクテイクすべきだと考えています。単に予算必達といった責任感やノルマからではなく、成功しているベンチャー企業のように、どうしてもみんなで実現したいことがあるから、それにみんなが共感してくれるから、たとえうまくいかなくても失敗の中から学んだことを次のチャレンジに生かして、飽くことなく続けていくことができれば必ず結果が出ると信じています。(了)

図3 ●ローランドの業績を回復させて再上場するためのリスキー・プリディクション

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