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Vol. 017

事例

オムロン ヘルスケア株式会社

リーマン・ショックの影響で2008年以降、業績が減速。追い打ちをかけるような東日本大震災。過剰在庫と欠品が経営課題となっていた。当時導入していた生産システムでも期待した成果が出てこない…

こんな時、あなたならどうする?

TOCでSCM改革 過剰在庫と欠品を解消へ

2008年以降の激変する経営環境の中でオムロン ヘルスケアでは過剰在庫と欠品が大きな経営課題となっていた。問題の一つはリードタイムが長いこと。この改善のために中国・大連の工場にTOCを導入。以前は3カ月あまりかかっていたリードタイムを約1週間に短縮できた。

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図1● オムロン ヘルスケアの売上高の推移

 血圧計や電子体温計などの家庭用および医療機関向け健康医療機器の開発・生産・販売を手がけるオムロンヘルスケア。同社は現在、130以上の国・地域で事業を展開する1421億円の売上高(2023年3月期連結)を誇る企業だ。



TOCを駆使した改革に着手

 この状況を改善するために、同社は2010年7月に全体最適のマネジメント理論「TOC(制約理論)」を活用した改革に着手。製品の生産現場だけでなく開発部門や営業部門など全社的に導入し、業績の向上を目指した。


 TOCは、イスラエルの物理学者であるエリヤフ・ゴールドラット博士が、世界で1000万人が読んだベストセラー『ザ・ゴール』(邦訳はダイヤモンド社)の中で提唱。仕事の流れを滞らせるボトルネック(制約)に集中して改善を行えば全体最適が実現できることを実証したマネジメント理論である。ハードサイエンス(自然科学)において用いられる「Cause & Effect Logic(因果関係)」を使って、マネジメントの世界に科学的なアプローチを持ち込んだことが大きな特徴だ。



ヘルスケアシステムの破綻を防ぐ

 同社では、TOCの本格導入に先立つ2010年3月に全ての経営陣が参加するワークショップを開催。極めて深刻な経営課題に直面していたが、参加者の表情には明るさがあふれていたという。というのも、今までの個別最適の改善では達成できなかったことも全体最適なら実現できると全員が実感したからだ。そこで、TOCを導入することを決断したという。


 同年6月には、経営幹部がイスラエルにあるセミナーハウス「ゴールドラットハウス」を訪問。そこでゴールドラット博士は、オムロンの企業理念と事業展開に共感するとともに、途方もない大きな飛躍の可能性があること、しかも、それは「絶対に達成しなければならない」という社会的責任があるということを指摘した。

図2 ● ゴールドラット博士が経営幹部に示した図

 図2のグラフにおいて、青線は世界中で必要な医療費の推移を表している。赤線は世界中の国々における医療費の国家予算の推移で、将来は青線に追い抜かれることを示している。これは、世界的に医療が満足に受けられない時代が到来することを意味している。こうした状況に対して、ゴールドラット博士は「世界のヘルスケアシステムの破綻を防ぐのがオムロンのミッション」だと提言したのだ。これに感銘を受けて、同社経営陣は全社でTOCを導入することを決断。同年7月に「働き方を変える」を合い言葉として、「在庫半減」「開発効率2倍」を目標に掲げて改革活動を開始した。2011年は東日本大震災の影響を受けたものの、その翌年から業績は回復し始める


 同社では、全体最適のプロジェクトマネジメント「CCPM(Critical ChainProject Management)」や、経営戦略を現場の戦術や行動に落とし込む「戦略と戦術のツリー(S&Tツリー)」など、TOCの知識体系に含まれるさまざまなソリューションを導入しているが、ここでは中国の生産拠点「オムロン大連」が導入した後に、全社の業績改善に大きく寄与した「需要連動後補充生産(MTA:Make to Availability)」を説明する。



問題の根本的な原因は需要予測

 一般的に製造事業者の生産方式には、取引先からの注文に基づいて生産する「受注生産(MTO:Make toOder)」、自社の需要予測に基づいて在庫を生産する「見込み生産(MTS:Make to Stock)」の2種類がある。


 MTOには「納期を守れない」「製造リードタイムが長い」「突発的な受注に対応できない」などの問題がある。一方、多くの製造事業者が採用しているMTSには、過剰在庫のために「値引きせざるを得なくなる」「在庫回転率が低くなる」、欠品によって「販売機会が失われる」などの問題がある。MTAは、これらの問題を解消するために開発された生産方式。必要な時に必要なものが必要な量だけ供給できるように需要に応じて生産を調整することが大きな特徴だ。


 製造事業者の大半が採用しているMTSで問題が発生する原因は、将来の需要の予測が外れることにある。どのような製造事業者でも、需要を予測してから実際に製品を生産・販売するまでに少なからぬタイムラグがある。販売時点での実需が予測を下回れば過剰在庫が発生し、逆であれば欠品が生じてしまう。


 裏を返せば、事前に需要を予測せずに、実需に合わせて俊敏に生産を調整すれば、過剰在庫と欠品の両方を防げることになる。MTAでは、将来の需要を予測する代わりに、リアルタイムに近い状況で需要と在庫をモニタリングして、需要が少ないものに対しては適正在庫量を減らし、欠品が起こりそうなものに対しては適正在庫量を増やすことで過剰在庫と欠品の両方を防いでいる。これを実現しているのが、TOCの知識体系に含まれる「ダイナミック・バッファ・マネジメント(DBM)」という在庫管理ソリューションだ。



DBMで最適な在庫量を可視化

 DBMでは、最初に製品の不確実な需要変動に対応するためのバッファとして、品目ごとに許容し得る在庫量を定める。この許容在庫量を3等分にして、上から緑・黄色・赤のゾーンに色分けする。


図3 ● 売れ行きの悪い時のダイナミック・バッファ・マネジメントの挙動

 このゾーン分けに、ERP(統合基幹情報システム)などから取得した実際の在庫量を当てはめる。在庫量が長期間、緑のゾーンにとどまったままであれば、その製品はあまり売れていないことを意味する。この場合は在庫に余裕があるので、その後の補充量を減らすために許容在庫量をゾーン1つ分減らして過剰在庫を防ぐ。


 実際の在庫量が、すぐに赤のゾーンに入ってくるのであれば、その製品は売れ行きが良く、欠品の恐れがあることを意味する。一定期間、赤のゾーンにとどまっているのであれば、許容在庫量をゾーン1つ分引き上げて補充量を増やして欠品を防ぐ。


 このバッファマネジメントを繰り返すことによって、需要が大きく変動しなければ、実際の在庫量は黄色のゾーンで推移するようになる。これは、需要と供給のバランスがとれていることを意味する。需要にノイズともいえるような瞬間的な変動があっても、次第に黄色のゾーンで推移するようになる。


 実需に大きな変動があった場合には、実際の在庫量は緑または赤のゾーンにとどまるようになるので、許容在庫量を増減する。こうした一連のバッファマネジメントによって、実需と許容在庫量をダイナミックに連動させることで過剰在庫と欠品を防いでいる。


図4 ● DBM を導入することで在庫量を最適化

 この仕組みは、ゴールラット博士の著書『チェンジ・ザ・ルール!』(ダイヤモンド社)と、このコミック版である『ザ・ゴール3』(同)で紹介されている。同書では、この機能を搭載した「TOCモジュール」をERPシステムに組み込むことで経営改革を実現している様子が描かれている。裕があるので、その後の補充量を減らすために許容在庫量をゾーン1つ分減らして過剰在庫を防ぐ。



ウィン・ウィンの関係を築く

 オムロン大連では、過剰在庫になる製品がある一方で、売れ行きの良い製品では欠品が起こることが問題になっていた。ただし、こうした状況に手をこまねいていたわけではない。1990年代にトヨタ生産方式(TPS)を導入し、必要なものが必要な量だけ供給できるように生産を調整することに取り組んできた。この取り組みは、2005年に『日経情報ストラテジー』誌(日経BP)に「トヨタ生産システムの海外成功事例」として取り上げられていた。それでも、過剰在庫と欠品を防ぐには至らなかった。この根本的な原因は、需要予測が外れることにあった。


 同社は、これまで世界各地における需要の予測を積み上げて生産計画を立案していた。しかし、需要予測から生産計画に基づいて製品を生産・販売するまでに大きなタイムラグがあり、予測が外れるケースも少なくなかった。このタイムラグ(生産リードタイム)は約13週間もあるため、いくら精緻に数字を積み上げたとしても、正確な実需を予測することが難しいことは容易に想像できるだろう。


 生産リードタイムが約13週間と長期になっていたことには理由がある。部品の中の数点の納期が12週間以上かかっていたためだ。この問題を解決するために同社は、納期の長い部品メーカーに協力を仰いだ。自社で最終的に引き取ることを確約して、必要な中間在庫を抱えてもらい納期の短縮を図ったのだ。さらに、成形品などの加工部品メーカーに対してもDBMの導入を支援することで在庫を削減できるようにした。



生産性とモチベーションを向上

 同社は2010年8月に大連にある工場にMTAを試行導入。DBMがはじき出した推奨在庫量に基づいて生産するようにした。対象とする製品を4機種に絞ってPoC(概念実証)を実施。小ロットで生産し、部品の発注ロットを小さくし、部品を毎日発注する取り組みがスタートした。PoCの結果、生産リードタイムは従来の約13週間から1週間へと大幅に短縮できた。この成功とプロセスの確立を受けて、東日本大震災の影響下でも翌稼働日に対象製品を14機種に拡大。工場や販売現場にある完成品の在庫を平均で40%削減するという成果が出た。従来は、工場の壁に2週間先までの生産計画が貼り出されていたが、TOCの導入後には3日後までの計画しか掲示されていない。


 実際の需要に合わせて生産をすると、一般的に過剰な在庫を抱えているため、生産工程を止めることが可能になる。生産の作業を行わないことによって創出できた時間、すなわちゆとりを社員の教育や工場オペレーションマネジメントの変更、未来への工場のビジョン策定などに活用した。


 生産の流れが良くなるにつれて在庫が減り、スペースにも余裕ができ、フロアもきれいになった。過剰な部品や人員、設備が要らなくなり、生産が平準化された。その結果として生まれた余裕で、追加の売り上げとなる緊急オーダーにも対応できるので、生産部門と営業部門と間でウィン・ウィンの関係が生まれてきた。製品の販売数が増えることは、部品メーカーにとっても収益の拡大に結びつく。小売店にとっても売れ筋の商品をすぐに補充してもらえるので、収益が増加する。サプライチェーンの参加者すべての間でウィン・ウィンの関係を築けるのだ。これらによって、生産現場の社員のモチベーションが上がり、笑顔が増えてきたという。


 DBMの導入を進める一方で、TOC流の改善の公式である「5つの集中ステップ」を活用して生産ラインの改革にも着手する。これによって、短期間に生産性は大きく向上した。作業時間内(8時間)での生産台数は、わずか6日間で530台から830台へと1.6倍に増加した。


 この当時、製品開発プロジェクトの生産性向上に向けてCCPMも導入していた。CCPMの骨子は、プロジェクト期間を決めている最も長いタスクのつながりであるクリティカルチェーン(プロジェクト期間の制約)を特定し、各タスクが内包しているバッファをタスク内に置かず、クリティカルチェーンの最後に置いて、プロジェクト全体で管理することである。バッファの消費は必要最小限に抑えられ、工期全体の期間を大きく短縮することが期待できる。流れの良い生産ラインにおいて、流れ良くつくられた新商品が投入される相乗効果で、市場に素早く新商品が届くようになれば、売り上げが拡大するのは当然のことである。



生産拠点を国内に統合

 オムロン大連で目覚ましい成果が出たために、同社はほかの拠点にもMTAを広げていく。2012年にはベトナム工場に、2013年には国内の松阪工場にMTAを導入した。2014年以降は、MTAを武器にグローバル規模での流れ改善へシフト。現在は、リードタイムのさらなる短縮効果を刈り取るために日本国内での生産を増やしている。


 これまでは海外工場の生産が主力であった同社の商品に「Made in Japan」という文字が刻まれる製品が増えることになる。中国をはじめとする東アジアでは、日本製であることは大きなアピールポイントになる。海外での需要が高まり、同社の業績を押し上げることになった。(了)


図5 ● オムロン ヘルスケアがDBMの導入を決断した際のリスキー・プリディクション
図5 ● オムロン ヘルスケアがDBMの導入を決断した際のリスキー・プリディクション

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