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Vol. 021

事例

東急建設株式会社

建設業界は、人のみが資本といっても過言ではない。これまでのOJTのやり方では、免許皆伝までに20年。これに長い時間がかかっていると若手の離職は止められないし、会社の成長を持続できない。負のスパイラルに陥るわけにはいかない…

こんな時、あなたならどうする?

東急建設の人材育成を加速した「成長ナビ」とは?

100年に一度といわれている渋谷エリアの再開発を手がける東急グループ。同グループの御三家に含まれる東急建設(東日本土木支店)が、新たな人材育成法を導入した。TOCの知識体系に含まれる「成長ナビ」という人材育成システムだ。わずか数カ月で目覚ましい成果を上げた。

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 東急建設に限らず、建設業界における人材育成はOJTが主軸となっている。東急建設でも各種の研修は多いものの、人材育成は現場任せのOJTになっていた。東日本土木支店の支店長(当時)を務めていた山本博司氏は、この状況について「免許皆伝に20年。今の時代に、これを続けていては若手の離職は止められないし、会社の成長を持続することも難しい。負のスパイラルに陥るわけにはいかない」と考えていた。これに加えて、労働人口の減少による人材不足も深刻な問題になっている。DX(デジタルトランスフォーメーション)で生産性を上げる取り組みも進んでいるが、これだけで人材不足をカバーできるわけではない。技能・技術は、いつかデジタルに置き換わるが、発想やイノベーションを生むマネジメントは人間のみの特性だ。


2025年4月5日、Goldratt Japanのセミナーハウスで開催された「経営科学研究会」に東日本土木支店長(発表時は名古屋支店長)を務めていた山本博司氏が登壇し、取り組みの詳細を解説した
2025年4月5日、Goldratt Japanのセミナーハウスで開催された「経営科学研究会」に東日本土木支店長(発表時は名古屋支店長)を務めていた山本博司氏が登壇し、取り組みの詳細を解説した

「成果主義」から「成長主義」へ

 こうした課題を解決するために山本氏は、あることを決意する。それは「労働人口の減少をDXだけではなく人の成長で食い止める」ということだ。仕事の成果を評価する「成果主義」から脱却し、人の成長を評価する「成長主義」を標ぼうし、これを実現する仕組みを導入したいと考えたのだ。


 このような思いを抱いていた2024年2月、Goldratt JapanのCEO(最高経営責任者)である岸良祐司と話をする機会があった。この場で、Goldrattが導入している人材育成システム「成長ナビ」の話を聞いた。


 Goldrattでは年齢や性別に関係なく、誰もがベテラン社員と同じように第一線で活躍していることを知っていた山本氏は、この仕組みが一般の事業会社でも通用するのでないかと考えた。もちろん、Goldrattと東急建設では働き方が大きく異なり、同じ仕組みのままでは活用できないので、Goldrattと共同で自社に適用できるような仕組みをつくりたいと考えた。


 大きな成果が出る確信は持っていたものの、経営層が納得できるように説明することは難しかった。そこで、現場のリーダーを集めて支店幹部職員と議論した上で、現代の根幹となる課題を整理し、成長と育成に着眼して同年6月から、支店長を務めていた東日本土木支店の11作業所で導入することを決断。人が協働して物理的建設物を作るのであれば、人が基軸となる成長のシナリオが必要だと考えたのだ。「モノづくりの業務を通じて人が成長するシステムとしたい」という思いを込めて、この仕組みを「Jump upManagement System」と名付けた。


図1● 新たに導入した人材育成法の全体像
図1● 新たに導入した人材育成法の全体像

「人生の目標」を設定する

 成長ナビの仕組みはシンプルで、「自分の目標(ザ・ゴール)を決める」第1ステップと、「その目標に近づいていく」第2ステップで構成する。目標を設定する際には長期的な視点に立つことが重要だ。多くの企業が導入している目標管理制度では、半年後や1年後がターゲットなので、高い目標を立てにくいが、成長ナビでは「人生の目標」を立案することを推奨している。


 「自分の目標(ザ・ゴール)」は、会社組織の中に限ったものではなく、「人生の目標」と「仕事の目標」がオーバーラップした領域に設定する。人生の目標と仕事の目標が重なったときに、人はすごい能力を発揮するからだ。いわば「これが達成したらうれしいと思えるワクワクする人生の目標」だ。この目標があれば、自律と自立を促すとともに、誇りと志を持てるようになる。


 「会社組織の中での人材育成の話なのに、なぜ『人生の目標』という壮大な話になるのか?」。こう思った方もいるかもしれないが、人生の目標を決めることは、とても大切なことだ。目標がなければ自分が成長しているかどうかさえ分からないからだ。もし仕事で失敗しても、そこから学びが得られて目標に近づければ成長したと実感できる。人生のほとんどの時間を仕事に費やすのだから、この時間を自分の成長に使わない手はない。


 Goldrattでは全社員が、こうした目標を掲げている。一例を挙げると「世の中の間違った思い込みによるムダを見つけて、それを良いものに変えることによって、次々と世の中を良くする自分」といった具合だ。TOCでは、こうした目標を「アンビシャス・ターゲット(AT)」と呼んでいる。


目標を実現するための道筋を描く

 次のステップでATに近づいていく。TOCには、達成が困難に思えるような高い目標を達成するための道筋を考えるための道具がある。それが「アンビシャス・ターゲット・ツリー(ATT)」だ。


 ATは極めて高く設定しているので、一足飛びに実現することは不可能。そこへの道筋を考えるため、ATTではまず目標の達成を阻害する要因を列挙する。次に、それがどのような状況になればよいのかを考える。これが中間目標となる。中間目標ができたら、それを実現するためのアクションを考える。一連のアクションを実行する順序を決めることで目標達成の手順と道筋が見えてくる。「ATへ近づくために今、何をしなければならないのか」が明確になるのだ。中間目標を達成していく進捗度合いが成長の評価指標になる。


 東急建設の社員たちは、「人生の目標」という業務とは関係ないかもしれないが、心の深いところにある思いを議論することで会話が増えるとともに、自分なりの考えを持つようになった。「日常では忘れがちで埋没している人生の目標を思い返す素晴らしい機会になった」「ベテラン社員や中堅・若手社員の目標を知ることができて、モチベーションにつながった」などの感想を述べている。


図2● ATの決め方と、その実現の道筋であるATT(東急建設での事例)
図2● ATの決め方と、その実現の道筋であるATT(東急建設での事例)

「最強の作業所長」を定義

 成長ナビでは、組織が求める人物に近づくための「成長の羅針盤」も作成する。これは、組織の役職ごとに期待される役割を定義したものだ。①その役職(例えば「課長」)に期待される役割は何か、②その役割を全うするためにどんな能力が必要なのか、③その能力をどうやって身に付けるのか――という3つの要素を明文化する。新入社員から経営トップまでの各役職でマネジメントの役割と能力、訓練方法を定義する。これを見ることで、次のステージと今の自分のギャップは何か、そのギャップを埋めるために何に集中すればよいのかが明白になる。


 一見すると、多くの企業が導入している「コンピテンシー」と似ているように見えるが大きな違いがある。それは、人事部や経営層など会社側が一方的に定義するのではなく、現場の社員も含めた大人数で議論して決める点だ。


 東急建設では、各建設プロジェクトのリーダーを務める作業所長の役割を「最強の作業所長」と名付けて定義した。モノづくりのリーダーであり、マネジャーでもある作業所長の役割とは何か。約30ある作業所のほぼ半分の作業所長が、この議論に参加した。


 この結果、8つの役割が抽出され、それぞれについて「必要な能力」と「どうやって能力を培うのか」(訓練方法)を定義した。能力については、たくさんの要素が俎上(そじょう)に上がったが、数が多いと覚えるだけでも大変な上、実践が難しくなるので必要最小限のものに絞り込んだ。例えば、「倫理規範となる役割」では必要な能力を2つに絞り込んで、そのための訓練方法を6つ定義した。いずれも、現場目線で現場の言葉で決めた。これが完了すると、各作業所長は自分の部下たちと、この定義を議論して腹落ちしてもらうことを狙った。


 結果は好評だった。自分の立ち位置を認識できることに加え、次なる目標も理解できるからだ。さらに、将来的な役割からのバックキャスティングも可能だ。規模が大きな現場で働いていた部下は「少人数の現場に配属になった際に動き方が分からないと思っていたが、羅針盤を確認することで自分の立ち位置が分かり、今後の指標にすることができた」と感想を語っている。別の部下は「会社が成長するために必要な取り組みだと思った。引き続き、自分事として取り組んでいきたい」と語っている。


図3● 成長の羅針盤で「最強の作業所長」の8つの役割を定義
図3● 成長の羅針盤で「最強の作業所長」の8つの役割を定義

オープンな場で面談を実施

 成長ナビでは、目標に近づくことを加速するためにメンター制度を導入している。各人に経験豊富な社員がメンターとして就き、月に1回程度の「成長ナビ面談」を行って成長を支援する。この際に利用するのが「フォーカスシート」だ。ここには「何を達成したか」「変えられる未来でやりたいこと」「成長のために集中すべき課題」など、6つの質問項目が設定されている。このシートを活用して、現時点で成長の滞留となっている要因を特定し、それを取り除くためのアクションを導き出す。


 仕事での失敗は本人の思い込み、すなわち前提の誤りに起因しているケースが多い。そのため、成長ナビ面談では前提の誤りを特定して、新たな前提を設定している。ただし、人の思い込み(前提)を簡単に直すことは難しい。シートの最後にある「学びは?」という項目は、前提がアップデートされたことで何を学んだかを本人にピン止めするためのものだ。


 この面談は、一般に「1 on 1」と呼ばれているミーティングと似たようなものだと思われるかもしれないが、大きな違いがある。それは、個室ではなくオープンな場で実施することだ。一対一ではなく、メンターのほかに先輩や同僚が集まって一対多数で行うこともある。この取り組みを継続していると、成長が滞留している仲間を寄ってたかって助けようとする文化が組織に根付いてくる。


図4 ● 成長のためのフォーカスシート
図4 ● 成長のためのフォーカスシート

成長を実感させる

 フォーカスシートの最初の方にある「できたことは?」が当人では思いつかないケースもある。実際、東急建設のある作業所では、入社1年目でそこへ配属されて3カ月しかたっていない社員が「まだ異動してきたばかりなので…」と、この項目が埋められないでいた。その際に、周りの先輩たちが口々に「工事写真をきれいに撮れるようになった」「図面や数量計算書を常に確認するようになった」など、成長した点を指摘し始めたという。


 この社員は面談後に「これに取り組んでいれば、先月退職した同期も辞めずに済んだのに」と話したという。このように、当人でさえ気づいていないような成長も実感できるという利点もある。成長していても、それを実感できなければ達成感はない。「成長すること」と「成長を実感すること」は別物なのだ。山本氏は「今の若手は成長できないと感じれば会社を辞めてしまう。成長していても、それを実感できなければ失望してしまう」と語る。「これからは成長を実感させられる会社でなければ、持続的な成長は難しい」と力を込める。


 さらに、成長ナビ面談には、メンティー(当人)の成長を促すだけでなく、実はメンターの成長にも結びつくという利点もある。メンティーと一緒に、失敗の要因となった前提と実際に起こったことの因果関係を掘り下げて考えるので、経験が豊富な人の方が多くの学びを得られる。つまり、人に教えることが最大の学びとなるのである。山本氏は、成長ナビ面談について次のように語る。


「大半の社員は経験豊富な先輩に聞きたいことが山ほどある。でも、先輩は忙しいがゆえに、なかなか聞けないでいるのが現実だ。成長ナビ面談を実施することで、その機会を1カ月に1度つくれることになる。これが本人の成長の源泉となっている」

導入した作業所で目覚ましい成果

 成長ナビに取り組んだ成果は、定量的な数字として表れている。最初に成長ナビを実施した作業所では、わずか1 ~ 2カ月後に実施された調査でエンゲージメントスコアが、全社平均が52であるのに対して平均で61以上という結果になった。


 導入効果が表れたことで、2024年9月~ 11月に未導入だった残りの14作業所にも成長ナビを導入。この結果、東日本土木支店全体の粗利益率が大きく向上した。国内の土木事業における2024年度の平均粗利益率が12%という中で、導入した作業所では前年度比1.9倍の23%を達成した。


 この目覚ましい成果には、経営層も驚いたという。成長ナビの取り組みが広がり、その後に東日本土木支店の全作業所が導入した。定性的にも大きな効果があった。山本氏は、これを次のように説明する。


「成長ナビを実施したことによって、上司は部下の目の輝きを勝ち取った。部下は、これまで眉間にシワを寄せていた上司から笑顔を勝ち取ることになった。このような環境の中で働けるようになったことが大きな成果だ。私たちは成長主義によって、組織として未来を創造していきたいと考えている。投資家はROICやWACCなどの指標に注目するが、それだけでよいのか。人の成長は指標として表現できない。人的資本に投資していかなければ、爆発的なイノベーションが生まれるとは思えない」

図5● 東急建設の山本博司氏が成長ナビを導入すると決断した際のリスキープリディクション
図5● 東急建設の山本博司氏が成長ナビを導入すると決断した際のリスキープリディクション

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