
Vol. 021
事例
東急建設株式会社
建設業界は、人のみが資本といっても過言ではない。これまでのOJTのやり方では、免許皆伝までに20年。これに長い時間がかかっていると若手の離職は止められないし、会社の成長を持続できない。負のスパイラルに陥るわけにはいかない…
こんな時、あなたならどうする?
東急建設の人材育成を加速した「成長ナビ」とは?
100年に一度といわれている渋谷エリアの再開発を手がける東急グループ。同グループの御三家に含まれる東急建設(東日本土木支店)が、新たな人材育成法を導入した。TOCの知識体系に含まれる「成長ナビ」という人材育成システムだ。わずか数カ月で目覚ましい成果を上げた。

東急建設に限らず、建設業界における人材育成はOJTが主軸となっている。東急建設でも各種の研修は多いものの、人材育成は現場任せのOJTになっていた。東日本土木支店の支店長(当時)を務めていた山本博司氏は、この状況について「免許皆伝に20年。今の時代に、これを続けていては若手の離職は止められないし、会社の成長を持続することも難しい。負のスパイラルに陥るわけにはいかない」と考えていた。これに加えて、労働人口の減少による人材不足も深刻な問題になっている。DX(デジタルトランスフォーメーション)で生産性を上げる取り組みも進んでいるが、これだけで人材不足をカバーできるわけではない。技能・技術は、いつかデジタルに置き換わるが、発想やイノベーションを生むマネジメントは人間のみの特性だ。

「成果主義」から「成長主義」へ
こうした課題を解決するために山本氏は、あることを決意する。それは「労働人口の減少をDXだけではなく人の成長で食い止める」ということだ。仕事の成果を評価する「成果主義」から脱却し、人の成長を評価する「成長主義」を標ぼうし、これを実現する仕組みを導入したいと考えたのだ。
このような思いを抱いていた2024年2月、Goldratt JapanのCEO(最高経営責任者)である岸良祐司と話をする機会があった。この場で、Goldrattが導入している人材育成システム「成長ナビ」の話を聞いた。
Goldrattでは年齢や性別に関係なく、誰もがベテラン社員と同じように第一線で活躍していることを知っていた山本氏は、この仕組みが一般の事業会社でも通用するのでないかと考えた。もちろん、Goldrattと東急建設では働き方が大きく異なり、同じ仕組みのままでは活用できないので、Goldrattと共同で自社に適用できるような仕組みをつくりたいと考えた。
大きな成果が出る確信は持っていたものの、経営層が納得できるように説明することは難しかった。そこで、現場のリーダーを集めて支店幹部職員と議論した上で、現代の根幹となる課題を整理し、成長と育成に着眼して同年6月から、支店長を務めていた東日本土木支店の11作業所で導入することを決断。人が協働して物理的建設物を作るのであれば、人が基軸となる成長のシナリオが必要だと考えたのだ。「モノづくりの業務を通じて人が成長するシステムとしたい」という思いを込めて、この仕組みを「Jump upManagement System」と名付けた。

「人生の目標」を設定する
成長ナビの仕組みはシンプルで、「自分の目標(ザ・ゴール)を決める」第1ステップと、「その目標に近づいていく」第2ステップで構成する。目標を設定する際には長期的な視点に立つことが重要だ。多くの企業が導入している目標管理制度では、半年後や1年後がターゲットなので、高い目標を立てにくいが、成長ナビでは「人生の目標」を立案することを推奨している。
「自分の目標(ザ・ゴール)」は、会社組織の中に限ったものではなく、「人生の目標」と「仕事の目標」がオーバーラップした領域に設定する。人生の目標と仕事の目標が重なったときに、人はすごい能力を発揮するからだ。いわば「これが達成したらうれしいと思えるワクワクする人生の目標」だ。この目標があれば、自律と自立を促すとともに、誇りと志を持てるようになる。
「会社組織の中での人材育成の話なのに、なぜ『人生の目標』という壮大な話になるのか?」。こう思った方もいるかもしれないが、人生の目 標を決めることは、とても大切なことだ。目標がなければ自分が成長しているかどうかさえ分からないからだ。もし仕事で失敗しても、そこから学びが得られて目標に近づければ成長したと実感できる。人生のほとんどの時間を仕事に費やすのだから、この時間を自分の成長に使わない手はない。
Goldrattでは全社員が、こうした目標を掲げている。一例を挙げると「世の中の間違った思い込みによるムダを見つけて、それを良いものに変えることによって、次々と世の中を良くする自分」といった具合だ。TOCでは、こうした目標を「アンビシャス・ターゲット(AT)」と呼んでいる。
目標を実現するための道筋を描く
次のステップでATに近づいていく。TOCには、達成が困難に思えるような高い目標を達成するための道筋を考えるための道具がある。それが「アンビシャス・ターゲット・ツリー(ATT)」だ。
ATは極めて高く設定しているので、一足飛びに実現することは不可能。そこへの道筋を考えるため、ATTではまず目標の達成を阻害する要因を列挙する。次に、それがどのような状況になればよいのかを考える。これが中間目標となる。中間目標ができたら、それを実現するためのアクションを考える。一連のアクションを実行する順序を決めることで目標達成の手順と道筋が見えてくる。「ATへ近づくために今、何をしなければならないのか」が明確になるのだ。中間目標を達成していく進捗度合いが成長の評価指標になる。
東急建設の社員たちは、「人生の目標」という業務とは関係ないかもしれないが、心の深いところにある思いを議論することで会話が増えるとともに、自分なりの考えを持つようになった。「日常では忘れがちで埋没している人生の目標を思い返す素晴らしい機会になった」「ベテラン社員や中堅・若手社員の目標を知ることができて、モチベーションにつながった」などの感想を述べている。

「最強の作業所長」を定義
成長ナビでは、組織が求める人物に近づくための「成長の羅針盤」も作成する。これは、組織の役職ごとに期待される役割を定義したものだ。①その役職(例えば「課長」)に期待される役割は何か、②その役割を全うするためにどんな能力が必要なのか、③その能力をどうやって身に付けるのか――という3つの要素を明文化する。新入社員から経営トップまでの各役職でマネジメントの役割と能力、訓練方法を定義する。これを見ることで、次のステージと今の自分のギャップは何か、そのギャップを埋めるために何に集中すればよいのかが明白になる。
一見すると、多くの企業が導入している「コンピテンシー」と似ているように見えるが大きな違いがある。それは、人事部や経営層など会社側が一方的に定義するのではなく、現場の社員も含めた大人数で議論して決める点だ。
東急建設では、各建設プロジェクトのリーダーを務める作業所長の役割を「最強の作業所長」と名付けて定義した。モノづくりのリーダーであり、マネジャーでもある作業所長の役割とは何か。約30ある作業所のほぼ半分の作業所長が、この議論に参加した。
この結果、8つの役割が抽出され、それぞれについて「必要な能力」と「どうやって能力を培うのか」(訓練方法)を定義した。能力については、たくさんの要素が俎上(そじょう)に上がったが、数が多いと覚えるだけでも大変な上、実践が難しくなるので必要最小限のものに絞り込んだ。例えば、「倫理規範となる役割」では必要な能力を2つに絞り込んで、そのための訓練方法を6つ定義した。いずれも、現場目線で現場の言葉で決めた。これが完了すると、各作業所長は自分の部下たちと、この定義を議論して腹落ちしてもらうことを狙った。
