top of page
Vol. 022

事例

ローランド株式会社

電子楽器業界で「世界初」のゲームチェンジャー商品を次々と世に送り出しているローランド。だが市場が激変する現在、いずれは価格競争に巻き込まれる。継続的にイノベーションを起こして新たな価値を創造し続けるには…

こんな時、あなたならどうする?

TOCとMiroを駆使して革新的な商品を次々と開発は

ローランドが社運をかけた一大プロジェクトでTOCのソリューションとコラボレーションツール「Miro」を導入。この結果、3年はかかると見られていたプロジェクトを1年半で完了できた。現在も、この仕組みを活用して革新的な製品の開発を進めている。

23092290.png

「3年はかかるといわれたプロジェクトを1年半でリリースできた」。電子ピアノや電子ドラム、シンセサイザーなどの製造・販売を手がけるローランドの山本敬之氏は、現在の同社の成長を支えている「ZENJINプロジェクト」を、このように振り返る。


Goldratt Japanが主催する「TOCクラブ」にローランドのDrum & Percussion事業本部でR-TOC事務局を務める山本敬之氏が登壇し、自社の取り組みの詳細を解説した
Goldratt Japanが主催する「TOCクラブ」にローランドのDrum & Percussion事業本部でR-TOC事務局を務める山本敬之氏が登壇し、自社の取り組みの詳細を解説した


 ZENJINプロジェクトとは、次世代音源コアと、それを搭載した5つのハード製品、新規ソフト音源、クラウドプラットフォームを同時に開発するという一大プロジェクト。音源コアとは、自動車でいえばエンジンに相当する心臓部分だ。


 山本氏は開発期間を大幅に短縮できた要因として、社員が一体となった頑張りと新たに導入したツールを掲げる。このツールとは、全体最適のマネジメント理論であるTOC(制約理論)の知識体系に含まれるプロジェクトマネジメント手法「CCPM(CriticalChain Project Management)」、イノベーションプロセス「Eyes for Value(E4V)」、そしてリモート環境でも使えるイノベーションワークスペース「Miro」(ミロ・ジャパンが提供)の3つである。


図1 ● 音源コアと複数製品を同時開発した「ZENJINプロジェクト 」
図1 ● 音源コアと複数製品を同時開発した「ZENJINプロジェクト 」

3つのツールを駆使

 同社がTOCを導入したきっかけは、TOCを知った若手社員が2018年に自部門への導入を経営層に訴えたこと。3カ月間のテスト導入を行った結果、大きな成果が上がり翌年に開発部門の一部で正式導入した。


 この対象となったのが、前述のZENJINプロジェクトだ。山本氏は、このプロジェクトで大きな効果を上げたTOCのツールとしてWIPボード、CCPM、E4Vの3つを挙げる。


 WIPボード(「集中フローボード」とも呼ぶ)の名前にあるWIPとは「workin process(仕掛かり)」の略で、進行中のタスク(仕掛品)を可視化して、その流れを管理するためのツールだ。山本氏は「その日に完了させなくてはいけないタスクが明確になり、集中できる点が大きな利点」だと評する。


 2つ目のCCPMは、不確実性の高いプロジェクト環境において、工期短縮を実現するためのプロジェクトマネジメント手法。CCPMの骨子は、工程のつながりの中でプロジェクト期間を決めている最も長いクリティカルチェーン(プロジェクトの納期を決める制約)を特定し、各工程の中に隠れているバッファ(安全余裕)を工程内に置かず、全工程の最後に置いて、プロジェクト全体で管理することだ。


 3つ目のE4Vは、顧客の重要な限界を突破した先にある価値を見つけ出すイノベーションプロセス。過去には不可能だった方法を使い、顧客の重要な限界を、他のどの競合も成し得なかったレベルで取り除くことを狙いとしている。これを実現するために「顧客の目」「市場の目」「商品の目」という3つのアプローチを採用している。


図2 ●「 E4V」における3つのアプローチ
図2 ●「 E4V」における3つのアプローチ

 E4Vによってコンセプトが決まった後には「WOW!カタログ」を作成する。これは、企画・開発が始まっていない段階で、あたかも商品・サービスが既に存在しているがごとく、本気のカタログを作成する取り組みのことだ。


 WOW!カタログを基に関係者みんなで議論し、困りごとや不満点が出てきたら、その意見を取り込んだ新たな商品・サービスのカタログを作成する。WOW!カタログの作成を繰り返す中で商品・サービスがどんどん進化する。最終的にステークホルダーが「WOW!」と感嘆してくれるカタログが生まれてくる。ZENJINプロジェクトでも、次世代音源コアである「ZEN-Core」などのWOW!カタログを作成。従来にないコンセプトだったため、社内外の説明に役立った。




コロナ禍の影響でMiroを導入

 WIPボードとCCPMの導入当初は、関係者が一堂に会して紙と付せんを使っていた。しかし、2020年にコロナ禍でメンバーは基本的にテレワークになり、この形式での運用が難しくなった。


 この状況を改善するために、ツールを紙からパワーポイントに移行。これをウェブ会議システムで共有しながら毎日15分間、関係者がリモートで参加する進捗会議を実施した。山本氏は「メンバーの状況が見えにくくなるリモートにおいて、その日にやること、やったことが共有されるようになり、みんながTOCのツールの威力を再確認した」と語る。


 ただし、課題も残っていた。パワーポイントの動作が重く、不便さを感じていたのだ。そのような中で、一部のエンジニアが使っていたMiroは動作が軽く、紙を貼るのと同様の使い勝手であるため、それを見た関係者の間で話題になっていた。すると、またたく間に他部署にもMiroが広がっていった。紙で運用していたときよりも、CCPMの工程表を導入する開発チームが増えたという。



常識を突破して価格競争から脱却

 山本氏は、同社の取り組みの全体像に続いて、イノベーション(E4V)とプロジェクトマネジメント(CCPM)を成功させる秘訣を掘り下げた。同氏は、市場には3つの段階があると指摘する。その製品が初めて市場に登場する「第1段階」、ヒット商品のライバルが登場する「第2段階」、食うか食われるかの競争が行われる「第3段階」――の3つだ。


 数々の「世界初」の製品を生み出してきたローランドも、それがヒット商品になると競合製品が現れる第3段階を経験してきた。山本氏は「レッドオーシャンでも、新たなイノベーションを起こしてナンバーワンになれば価格競争に巻き込まれることはない」と指摘する。

 

 ここでいうイノベーションとは単なる技術的な改良ではなく、「ユーザーの限界(常識)を超えて、過去には不可能だと思われていたことが可能になる」という根本的な変革のことだ。同社ではこのような製品・サービスを「ゲームチェンジャー商品」と呼んでいる。


 このゲームチェンジャー商品の好例として、電子ドラム事業の取り組みを紹介した。同社は1985年にプロ向けの製品で電子ドラムの市場に参入。当時は「大きな設置場所が必要になるのと騒音の問題で、自宅ではドラムを叩けない」というのが音楽業界の常識だった。


 1992年に、この常識を突破する電子ドラムを製品化する。それが「TD-7 コンパクト・ドラム・システム」だ。この製品の特徴は、打面を小さくしたこと。演奏者の打撃跡を研究して、それよりも少しだけ大きな打面を実現した。プロもアマチュアも、この製品を自宅練習用に買い求めたことで大ヒット製品となった。


 1997年には、次の常識を突破。「電子ドラムの打面はゴムパッド」というのが、このときの常識だ。アコースティックドラムとは打面の素材が異なるため、当時の電子ドラムは叩き心地が大きく異なっていた。


 この常識を、あるエンジニアが突破する。ホームセンターで子供向けトランポリンを見た際に「この構造で電子ドラムを作れば、すごい製品が出来上がる」とひらめいたのだ。試行錯誤の末に、まったく新しいメッシュの打面を開発。これを搭載した「V-Drums」(TD-10)は、叩き心地がアコースティックに近く、静音性も高まったので大ヒット製品となった。特許をとっていたため、しばらくの間は他社がまねできなかった。



同社史上最も静かなドラムを開発

 しかし、特許が切れた後には、メッシュを採用した安価な電子ドラムが他社から製品化された。そこで、ローランドは新たなイノベーションを起こす。それが2024年10月に発売した「VQD106」だ。メッシュの電子ドラムは静音性が高まったとはいえ、集合住宅などでは叩くことが困難だった。同じ生活空間にいる人にとってはパッドを叩く音が気になるし、ペダルを使う低音の強打と強い振動が床や壁に伝わり、他の部屋や階下に騒音が響いてしまう。


 VQD106は、パッドやスタンドの設計を一新。打面には新たな素材と構造を採用。バスドラムには、半球形状のゴム足、ペダルの下にセットするボードを組み合わせることで振動を軽減した。


 この結果、同社の従来製品に比べて打撃音と振動を75%軽減できた。山本氏は「VQD106によって『電子ドラムの静かさはこんなもの』という常識を突破できた」と語る。ローランドの社宅で、既存製品のユーザーにVQD106を体験してもらった際には「これは革命だ」と評された。


2024年10月に発売した同社史上最も静かなドラム「VQD106」
2024年10月に発売した同社史上最も静かなドラム「VQD106」

 実際のE4Vのプロセスでは、最初に「顧客の目」として、参加者が一斉にユーザーの困りごとをMiroの付せんに書き出す。これをAIで分類した上で、イノベーションを阻害する限界(常識)を特定する。


 「市場の目」では、マニアックなユーザーの使い方を列挙。例えば、電子ドラムでは「バランスボールやマットを積み重ねてドラムを防音している」といった具合だ。「商品の目」では、マニアックなユーザーの使い方を参考にして、パラメータを振り切った際の価値を評価する。例えば「超絶静かな電子ドラム」と「爆音のする電子ドラム」が、どのような限界を突破するのかを考える。


 3つの目で見た後で、参加者全員で新製品のコンセプトを出し合う。こうして集まったコンセプトに対して、みんなで議論し最終的なコンセプトを言葉にする。


 同社では現在、E4Vで新商品・新サービスのコンセプトをつくる際、経営層を含めた部門横断の関係者が一堂に会して、1日に限定して徹底的に議論する。わずか1日であれば、多忙な経営層も参加してくれるからだ。山本氏は「最初から経営層に参加してもらうと、その後もプロジェクトを応援してくれるようになる」と語る。



フィーバーチャートで進捗を管理

 その後の開発プロジェクトでもCCPMを活用する。最初に工程表をつくるが、ZENJINプロジェクトでは当初、3年かかると見られていた。この際に担当者から「期間を見積もれない」と言われることもあった。山本氏は「プロジェクトには不確実性がつきものなので、やってみないと分からないものがあるのは当たり前」と前置きして、CCPMの活用方法を次のように説明する。


 プロジェクトが遅れる要因には、不確実性と変動性による「良い遅れ」と準備不足による「悪い遅れ」がある。悪い遅れを徹底的に排除して、バッファを使って良い遅れに備えることがCCPMの大きな特徴だ。ローランドでは、社内工数の5割をバッファに割り当てている。山本氏は「2割でいいという人もいるが、チャレンジングなプロジェクトでは5割にしておかないとバッファを使い切ってしまう恐れがある」と指摘する。


 プロジェクトの状況を把握するために「フィーバーチャート」を活用する。これは、プロジェクトの進捗率を横軸、バッファの消費率を縦軸にした折れ線グラフ。グラフの地は、緑(安全=進捗が計画通り)、黄(注意=バッファ消費がやや進んでいる)、赤(危険=バッファを大幅に消費)の3色に色分けする。


図3 ● 実際の電子ドラム製品のクリティカルチェーン(左)とフィーバーチャート
図3 ● 実際の電子ドラム製品のクリティカルチェーン(左)とフィーバーチャート

 プロジェクトが順調に進んでいれば、折れ線は黄と緑の境界付近を推移していく。進捗率が下がり赤の領域に入った場合には、余裕のあるメンバーがそのタスクを手伝ってバッファの消費を抑える。山本氏は次のように説明する。


 「これをメンバーが常に把握していれば、マイルストーンの日程に間に合うかどうかが分かるとともに、問題があった場合には早めに手が打てます。週次では遅く、毎日確認することが大切です」


 現在、同社では独自のリサーチとマーケティング、必要に応じてE4Vで革新的な製品のアイデアを生み出し、開発プロジェクト管理にはCCPMを適用、その過程での社員のコラボレーションにはMiroを活用して、数々の革新的な製品・サービスの企画・開発を進めている。


図4● ローランドがZENJINプロジェクトにTOCを導入すると決断した際のリスキー・プリディクション
図4● ローランドがZENJINプロジェクトにTOCを導入すると決断した際のリスキー・プリディクション

bottom of page